わらしべ長者
前年、休憩させてもらった「遍路無料宿」に着いた。入り口が閉まっている。そこで宿を提供している向かいの桃、梨の販売所に行った。果樹農家が直接販売をしているところだ。そこでは奥さんと小学生ぐらいの娘さんが梨の箱詰め作業をしていた。
「休憩所はやっていないのですか」
「いえ、戸を閉めているだけで休んでいってください」
今回のような、バイク遍路にも温かい言葉をかけてもらった。
「去年、休ませてもらったんですよ。だんなさんに梨をいただいたりして。だから、ちょっとお礼が言いたくて……」
そのときの模様をとめどもなく話した。奥さんは箱詰め作業の手を休め、こちらの話を聞いてくれた。そして、梨を三つ持ってきて、
「桃があればよかったんだけど、全部売れてしまって……。梨は早生だからそれほどおいしくないかもしれないけど……」
どこまでも親切な人である。
もともと、自分所有の倉庫を開放し、遍路に無料で休憩してもらおうなんて、普通の人に出来ることではない。人が寝られるように棚をつくり、布団も置いてある。全くの奉仕である。なんという心根の持ち主なんだろうと思う。
仏教の教えに「無財の七施」というのがある。お金はなくても施しはできる。たとえば、四国の多くの人は笑顔で接してくれた。これは「和顔施(わがんせ)」。そして、雨宿りや宿泊のために軒を貸すのを「房舎施(ぼうしゃせ)」という。まさに実践例を目の当たりにできるのが四国だ。
急に思いついて、先ほどの大宝寺の門前の土産物店でいただいた、「やいとだんご」をバッグから取り出した。
「これ、食べてください」と、もらったいきさつを話した。そして、「全部差し上げると、くださった人に悪いから、ボクが一個食べます」と、パックを開いて一個を取り出し、残り四個をパックごと渡した。すると、
「子供のおやつにします」と、喜んで受け取ってくれた。なんだかとてもうれしかった。梨をもらったお返しみたいになったから、ついつい、冗談で「わらしべ長者みたいなことをしてすみません」と言ったら、「いや、そんなあ」と、奥さんは上体をそらして笑った。
「また、来てください」という心からの言葉を背に、スロットルをひねった。心がふんわりと包まれたようになっていた。(つづく)
前年、休憩させてもらった「遍路無料宿」に着いた。入り口が閉まっている。そこで宿を提供している向かいの桃、梨の販売所に行った。果樹農家が直接販売をしているところだ。そこでは奥さんと小学生ぐらいの娘さんが梨の箱詰め作業をしていた。
「休憩所はやっていないのですか」
「いえ、戸を閉めているだけで休んでいってください」
今回のような、バイク遍路にも温かい言葉をかけてもらった。
「去年、休ませてもらったんですよ。だんなさんに梨をいただいたりして。だから、ちょっとお礼が言いたくて……」
そのときの模様をとめどもなく話した。奥さんは箱詰め作業の手を休め、こちらの話を聞いてくれた。そして、梨を三つ持ってきて、
「桃があればよかったんだけど、全部売れてしまって……。梨は早生だからそれほどおいしくないかもしれないけど……」
どこまでも親切な人である。
もともと、自分所有の倉庫を開放し、遍路に無料で休憩してもらおうなんて、普通の人に出来ることではない。人が寝られるように棚をつくり、布団も置いてある。全くの奉仕である。なんという心根の持ち主なんだろうと思う。
仏教の教えに「無財の七施」というのがある。お金はなくても施しはできる。たとえば、四国の多くの人は笑顔で接してくれた。これは「和顔施(わがんせ)」。そして、雨宿りや宿泊のために軒を貸すのを「房舎施(ぼうしゃせ)」という。まさに実践例を目の当たりにできるのが四国だ。
急に思いついて、先ほどの大宝寺の門前の土産物店でいただいた、「やいとだんご」をバッグから取り出した。
「これ、食べてください」と、もらったいきさつを話した。そして、「全部差し上げると、くださった人に悪いから、ボクが一個食べます」と、パックを開いて一個を取り出し、残り四個をパックごと渡した。すると、
「子供のおやつにします」と、喜んで受け取ってくれた。なんだかとてもうれしかった。梨をもらったお返しみたいになったから、ついつい、冗談で「わらしべ長者みたいなことをしてすみません」と言ったら、「いや、そんなあ」と、奥さんは上体をそらして笑った。
「また、来てください」という心からの言葉を背に、スロットルをひねった。心がふんわりと包まれたようになっていた。(つづく)