土砂降り
 山の中腹にある岩屋寺から下りてきて、吉岡さんの言っていた土産物店に立ち寄った。のどは渇いていないから、飲み物はいらない。だが、ちょうど線香が切れていたので、買い求めることにした。代金の二五〇円を渡したら、店のおばちゃんが「ローソクもどうですか? どこよりも安いですよ」と商売上手である。
 確かに、六十四番・前神寺で買ったローソクは数が少なかったから、いつかは切れる。「じゃあ、ちょうだい」と言って、また二五〇円を払った。短い豆ローソクだが、本数はいっぱいある。

 そうこうするうちに、吉岡さんが出てきて、「遍路道を世界遺産にしようと活動している人物が私の同級生だから、一度、その団体をネットで調べてみれば……。何かの参考になるかもしれないから」と、その人の名刺をくれた。感謝していただく。
 人の縁とはこんなものだ。一期一会と言いながら、話をすることでいろいろと広がっていく。遍路に出て自らに課したことは、挨拶を先にするということだ。臆病にならないで、自分から話しかける。それが限りなく世界を広げる。

 店のおばちゃんは、ボクが逆打ちで次は「四十四番札所・大宝寺(だいほうじ)」だと聞くと、
「それなら、橋を渡って右へ行きなさいよ。同じ道を戻ってもしょうがないし、そっちのほうが道はいいよ」
 そのルートは地図を見て遠回りであることは分かっていた。だが、確かに同じ道を戻るのも面白くないな……と考えたボクは、言われた通りに右へ行くことにした。
 走り始めて、すぐのことだ。雨が急に降ってきた。あわてて、雨具の上着を着る。岩屋寺へ歩いて上っているときでなくてよかった。

 しばらく走っていたら、これまでにない土砂降りになった。まるで夕方のように薄暗い。道の途中に木の枝が覆いかぶさって、少しだけ雨がかかりにくいところがあったのでフュージョンを停め、雨具のズボンも履いた。スクリーンが見えにくい。顔に当たる雨粒が痛い。
 これほどの強烈な雨は初めてだった。しかし、確かに道はいい。途中から国道三三号線に入り、ずっと迂回する形で久万の町に戻ってきた。つまり、四角形の一辺で済むところを南下、西進、北上と三辺を回ってきたことになる。それでもいい。新たな道や美川村というところも知ったのだから。

 町の中心部に近づくに連れて、雨はうそのように上がった。大宝寺の駐車場に着いて、フュージョンのシートに雨具を掛けた。お参りしている間に乾かそうという狙いである。
 どの駐車場にも「巡拝客を狙った車上荒らしが頻発。ドアロックを確実に……」などと注意書きがしてある。そんな罰当たりがいること自体、末世だなあと寂しくなるが、こちらはバイクだし、盗られて損するものは特にない。ヘルメットも、観光客などの多いところではホルダーでカギをかけたりしたものの、静かな山の寺などでは、そのまま座席に置いていた。
 今回も全くいたずらされる心配のない駐車場だと判断した。そこから少しだけ歩いて参道を上る。最後に急な石段を上って本堂に着く。

 大宝寺は、町役場から一キロ余りしか離れていないのに、やや高台にあるため、深山幽谷の雰囲気である。杉やヒノキの大木が出迎えてくれるからだろう。いや、久万町の中心部自体が標高五〇〇メートルぐらいの高原にあるのだ。むしろ中心部は切り開いて出来たというべきなのかもしれない。八十八カ所の霊場のちょうど半分。ゆっくりと休憩することにした。(つづく)