
さて、こちらはもう一つ、「六十七番札所・大興寺(だいこうじ)」を目指さなくてはならない。市街地からちょっと外れた田んぼの中にある。およそ九キロの道のりである。財田川を渡って県道六号線を東進する。間もなく着いて、石段を上って参拝した。仁王門の大きさは四国最大だという。中に鎮座する金剛力士像は運慶作である。
きょうの日程はすべて終わった。実にあわただしいツーリングだった。しかし、郵政バイクのように走っては止まり、止まっては走る。山道も上る。フュージョンは文句も言わず、快調に走ってくれた。感謝したい気持ちだ。
雲辺寺の上り口に位置する民宿「青空屋」には午後六時半に着いた。また迷ったのである。給油をするために、いったん国道沿いに出てガソリンスタンドを探し回ったのが、混乱を招いた。人に道を聞いたら、かなり離れたところに来ていた。とにかく迷ったら地元の人に聞け―しかない。
玄関前で、荷物を下ろしていると、経営者の中山典彦さん・里美さん夫婦が出てきた。エンジン音で分かったのだろうか。
「ヒゲがないので、違って見えますよ」と、一年ぶりの再会に笑顔で迎えられた。歩いていたときは、鼻の下とあごヒゲは伸ばしていたのである。「バイクはこっちにおいてもらえばいいですから」と屋根のある場所へ誘導してもらった。
部屋に入って荷物を下ろしてから早速、お風呂に入れてもらった。旅では何と言ってもお風呂である。特に夏場だけに、そのさっぱり感は何とも言えない。
夕食は典彦さんが相手をしてくれた。焼酎を出してもらい、遍路のこと、宿泊者のこと、ボクが元新聞記者ということで地元の徳島新聞のことなども話題に出て、名残惜しい夜だった。
部屋に戻って、宿帳を見た。宿泊者が自由に書き込めるノートだ。みんな、お客を大事にしてくれるこの民宿のことに感動している。結構、夫婦遍路が多いのだなあとも感心する。
広島県の六八歳と六四歳。東京・新宿の六三歳と五七歳。高知県の七六歳と六九歳などなど。もちろん、一人で遍路に出た人も多い。北九州市の六三歳女性、大阪・茨木の六四歳男性、沼津の七六歳男性。結構六〇歳過ぎが目立つ。
もちろん、若い人もいる。静岡二九歳男性、東京二三歳男性などなど。ボクと同じ年の岐阜の五三歳女性は、成人した息子三人の母親だが「一〇日間の予定で家出(?)をしまして……。この年になりますと何かと苦労も多く、毎日苦しく生活していますが、この六日間でだいぶ楽になった気がします。岐阜へ帰ったら一生懸命家族力を合わせて頑張ります」と書き残していた。なんだか、胸が詰まる思いだった。(つづく)