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 歩くアメリカ人
 境内のベンチに一人の外国人が休んでいた。ブルーのTシャツ姿だが、脇に置いた菅笠が遍路であることを示している。これは話しかけるに限る。きょう一日、あまりお遍路さんもいなくて会話をすることが出来なかった。その分まで話が出来れば……と相変わらず、好奇心だけは旺盛だ。
「ご苦労様です。どちらから」。定番の挨拶から入った。
「あっ」と少し驚いたようだったが、「アメリカです……」
 少したどたどしいが、意思疎通は日本語で十分だ。いや、英語ではこちらが意思疎通など出来なかったかもしれない。

 ベンジャミン・デーヴィスさん。二二歳だという。
 前年もアメリカ人の遍路と会って話をした際、日本の宗教を勉強しているとのことだった。そのことをデーヴィスに話したら「私も日本の宗教を勉強しています」と答える。いやはや、すごい確率でそうした人がいるのだなあ、と感心させられる。
 ニューヨークのコーネル大学の学生だが、大学で三年間、日本語の勉強をするとともに、宗教学を専攻しているという。二年前に友達と観光で日本に来て、そのときは京都、東京、富士山などを三週間ほどかけて見て回った。今回は、六月二七日に成田経由の伊丹空港から四国入りして、初の遍路に出たそうだ。
 歩き遍路にとって必需品のリュックに菅笠、それに頭陀袋を持っている。日焼けして、精悍な顔つきだが、なかなかのイケメンである。

「日本の宗教って、どう思う?」と、漠然とした質問をしてしまった。
「昔のインドの仏教はよく分かりますが、日本の仏教は少し変だと思う」
 その言葉はなんとなく理解できたが、「何が変?」としつこく聞くと、うまく日本語で表現できないようで、困った顔をしている。
「でも、歩いてよかったです。横峰寺(よこみねじ)が一番大変と聞いていたが、それほど大変じゃない。十一番から十二番へ掛けての山道に比べると、どこも大変じゃない」

 その通りである。十二番の焼山寺(しょうさんじ)こそ最大の難所であろう。歩いたときは、水も持たずに山に入ってしまい、沢水を飲んで歩いた。少し上っては休み、休んでは少し歩くというようなひどい状態で、動けなくなって遭難するかと思ったほどだった。
 そこは「お大師様が歩いた今に残る遍路道」がうたい文句だ。何時間も誰とも会わない山道。きつい上り下り。しかし、ここを乗り越えたら、最後まで歩けると言われているところだ。

 この日、彼は八十八カ所で最高地点の標高九〇〇メートルにある「六十六番札所・雲辺寺(うんぺんじ)」をお参りしてから、ここまで来ている。行程は厳しいが、やはり焼山寺ほどではなかったという。
「きょうはこれから、どうするの?」と聞いたら、
「この近くで宿に入ります。もう足が疲れて……」
 出発準備をしながら、歩いて行く彼の後姿を見ると、確かに足を引きずっているかのようだった。しかし、話していたときは爽やかな笑顔を見せていた。これが遍路の充実感なのかもしれない。(つづく)