

南進し、「七十六番札所・金倉寺(こんぞうじ)」へ。そこは善通寺市金藏寺町なのだが、寺は金倉寺なのが面白い。そんなことを考えていたら、途中で方向が分からなくなった。信号待ちしたついでに、事業所の駐車場にいた男性に聞くと、方向は合っていた。一安心しながら走っていると、間もなく到着した。本堂の前には大きな数珠がぶら下がっていて、これを回すとご利益があるとのことで、少しだけゴロゴロと回してみた。
次は、ご存知「七十五番札所・善通寺(ぜんつうじ)」である。弘法大師が唐から帰国して八〇七年から六年もかけて建てた真言宗最初の根本道場だ。高野山の金剛峯寺、京都の東寺と並んで三大霊場の一つとなっている。それだけに境内も広大だ。東院と西院に分かれているが、その間に一般道路が通っているほどの大きさである。伽藍は戦国時代に焼かれて、のちに再建されたものというが、本当に圧倒される。高さ四五メートルの五重塔は明治期の建立だそうだ。
ふだんは観光客が多い。この日は少なかったが、それでもほかのお寺とは比べものにならないほど人がいる。だが、どういうわけか、ボクのような遍路にとってはどうも居心地がいいとは言えない。なぜだかゆっくりできないのである。静かなお参りができないからだろうか。それとも人が多くてベンチにずっと座っている、なんていうのが出来ないからだろうか。
きょうは、最初の山のお寺二つを除くと、割と近いところにお寺が集中している。フュージョンに乗っては下りる、お参りする……を繰り返している。次の「七十四番札所・甲山寺(こうやまじ)」も一キロ半ほどしか離れていない。
ところが、また道に迷ったのである。歩きではありえないのだが、なんと東西南北を間違えた。歩き用の地図しか持っていないことはすでに書いた。これによると、善通寺近辺の地図は左下方向が北に描かれている。
それはそれで納得しているつもりだったが、善通寺自体が大きいので、門前をグルッと一回りするうちに、あらぬ方向へ進んでしまったのだ。気付いて戻ってきたら、なお混乱してきた。
「あー、これでは方向音痴だぜ」と自分で自分を責めながら、川沿いに出た。途端に記憶がよみがえった。
「そうだ、そうだ。ここから入るのだ」。門前横の駐車場に停めて、中に入った。本堂は小さいが、甲山(かぶとやま)を背景にしていて、シチュエーションが実にいい。境内の庭木も手入れが行き届いており、日本的な美にひたれるのだ。(つづく)