
自分で印刷が出来て、ネットに載せるのも簡単だからデジカメ万能になるのは当然である。時代の便利さに人はなかなか逆らえない。
それでも、フイルムカメラを手放す気にはなかなかならない。長年、仕事で使っていた「ニコンF2」はもちろん、新宿のカメラ店で購入した中古の二眼レフ「ローライフレックス3.5F」は、持っているだけで心が豊かになる。
二眼レフだから真上から覗く。左右が逆に映っているため慣れないうちは、構図を決める際に、どうしても反対に動かしてしまう。こんな不便さを喜ぶなんてアナログというよりアナクロと言っていい。
製造されたのは東京オリンピックのころだから、もう40年を超えた。「それでも」である。機械構造が精密で、フィルムを入れて巻き上げクランクを回すとスタートできちんと止まる。そして巻き上げたあとは逆に止まるまで半反転させると、シャッターチャージが出来る。
面倒で、不便で、それでもなおきちんと動作するということに感動してしまうのが男という生き物だ。まさに、女性の多くには分からない部分かもしれない。
現代のカメラと違って電池切れの心配がない。露出計はセレン式だから、外部からの光の強さそのもので目盛りが動く。電池がなくても電波の力でかすかに聞こえる昔の鉱石ラジオのようなものである。
むろん、カールツァイス社製のレンズ・プラナーは、なぜか写りに味がある。これも興味のない人にはほとんど分からない世界だ。
こんな「楽しい機械」を使わなくなった。持っているだけで心に余裕が出来ると書いたが、写すほどの心の余裕がなくなったのは間違いない。
北陸の地もようやく桜の季節を迎えた。かつてはローライを首から提げて桜を撮っていた時代を懐かしみながら、いつの日か出番が来ることをまだ信じている。