生かされて
 温泉視察「きらら」は面白い造りになっている。まずは平屋の温泉棟に向かい、靴を脱いでフロントへ行く。
「先ほど、電話しました津田ですが……」と言うと、若い女性が紙を見ながら、「はい。津田様ですね。では、向こうにある券売機で券を買ってください」と答える。

 お風呂だけ入りに来た一般の客も券売機で入浴券を買う。こちらは宿泊券のボタンを押す。その券を持ってフロントに行くと、部屋のキーを渡してくれる。宿泊棟は別だ。駐車場を歩いて、勝手知ったる宿泊棟へ。三階建てで、全部で一五室ぐらいだろうか。
 部屋に入ると、まずはバス・トイレのある前室となる。ここには冷蔵庫からキッチンまである。その奥が和室で一〇畳間。一人で宿泊するのはもったいないくらいだ。なにはともあれ、遍路の日課とも言える洗濯である。
 コインランドリーは宿泊棟の中にあるので、着替えてすぐに洗濯機に放り込んできた。あとは風呂だ。再び温泉棟のフロントへ行き、部屋のカギと下足のカギを渡すと、ロッカーのカギをくれる。大浴場は広く、いろんな風呂がある。ジャグジーから桶のような形のものまで。

 ボクは露天風呂が大好きだ。顔が涼しくて体が温かい。この開放感が何とも言えない。あちこちの湯船にゆっくりと入ってから、同じ建物のレストランへ。ここは裸足のまま行ける。遍路とは言うものの、湯上りに生ビールが飲みたい。「讃岐御膳」とかいう、冷やしうどん付きの定食を肴に、冷たいビールをのどに注ぎこんだ。極楽である。
 飲みながら、前年、このレストランで一緒に話をした静岡の金原(きんぱら)さんのことを思い出していた。六〇歳をちょっと超えた人だった。キャスター付きのリュックを引っ張って遍路をしていた。足摺岬からの帰り道に会って以来、山の中でばったり会ったり、同じ宿になったり。何度も何度も会った。これも縁なのだろう。すっかり仲良くなったのに、お互いに名乗ることはなかった。「静岡から来た」ことだけ知っていた。

 そして、最後に会ったのが、この宿のお風呂だった。一緒に食事をして、初めて名前を聞いた。遍路道中を振り返りながら、金原さんは突然、「オレは、アリ一匹殺せなくなった」と話し始めた。歩くときも踏まないよう気をつけている、と。苦しい道中を乗り越えたせいなのだろうか。「自分も生きているのでなく、生かされていることが分かったから」と言うのだ。そして、今度はお金をあまり持たずに遍路をしてみたいとも語っていた。
 白いあごひげが優しそうだった。金原さんは今どうしているのだろうか。その後、やはり遍路に来たのだろうか。さまざまなことが頭をよぎった。(つづく)