
キーを差し込み、エンジンを掛ける。「パタ、パタ、パタ」と音がする。こんな当たり前のことがひどくうれしかった。
さて、今度は以前に歩いた道を行くのだから、そのまま真っ直ぐ国道三七七号線を行けばいい。道を知っているという安心感があった。途中から県道三号線となり、二車線の快適な道を走っていくと、「道の駅ながお」が左手に見える。ここにいったん停めたものの、向かいに建っている「おへんろ交流サロン」が気になって、歩いて道路を横断して行った。
前年、ここを歩いたときは、心も体も余裕がなくて立ち寄らなかった。しかし、遍路のためにこうした施設があるのはたいしたものだと考えていた。
近所には民家はなく、山あいの地区である。さぬき市前山にあることから「前山地区活性化センター」というのが正式な名称のようだ。
「入っていいですか?」と、管理していたおばちゃんに聞いたら「どうぞ、どうぞ。ゆっくり見ていってください」との言葉が返ってきた。
入り口は小さいが、中に入るといくつもの部屋がある。最初に大きな四国のジオラマがあり、札所のボタンを押すとそれがジオラマに点灯して場所を教えてくれる。
弘法大師を描いた掛け軸や曼荼羅(まんだら)、江戸時代の紀行文、納札(おさめふだ)なども展示されている。「空海の長安への道図」というものも興味深い。
中国へは二〇年前から何度か行ったし、西安(かつての長安)も訪れたことがある。まさに大陸。行けども、行けどもコーリャン畑で同じような風景が続く。こちらは飛行機や列車の旅だったが、こんなところを延々と歩いて行ったのだと思うと、気が遠くなるくらいだ。いや、当時は海を渡ることさえ極めて困難なことだっただろう。まさに死を覚悟した大冒険だ。
言葉はどうしたものだろう……、食料は……、どんなところで寝たのか……、山賊などの危険はなかったのか……。さまざまなことが頭に浮かんだ。それに比べて自分はいかにスケールの小さな人間なのか、とも思う。弘法大師が起こした奇跡の話は全国にあるが、その前に、これだけの大冒険を敢行しているだけで尊敬に値するのである。
壁一面に貼られた「日本各地からの分県里程図」というのもあった。訪れた遍路が入れていくのだろう。各県ごとのプラスチック製の小さな箱に、納札が入っていた。
「ここは写真を撮ってもいいんですか」と、おばちゃんに尋ねて、何枚かシャッターを切った。遍路の話をしていたら「きょう、館長さんがおられたら良かったのだけど……」と、残念がった。こうしたところこそ、本当にゆっくりと見るべきなのだろう。しかし、現代人でそうした時間と心に余裕のある人は少ないのかもしれない。(つづく)