雨ニモマケズ
 台風が気になり、五時半に目が覚めた。窓の外を見ると明るい。路面は濡れているが、降ってはいない。風は木々が少し揺れている程度だ。
「よーし、これなら快調にスタートできるぜ」。単純に気分も明るくなり、まずは七時になるのを待ってホテルの朝食を食べに行った。前日、「和食ですか」と聞かれたが、どういうわけか、ホテルに泊まると洋食が食べたいのである。トレーにかわいらしくセットされたモーニング。ホットコーヒーが体に沁みていく。

 部屋に戻って着替えた。きょうからお遍路さんだ。背中に「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と、弘法大師のご宝号が書かれた白装束を着る。前年使って、毎日欠かさず洗濯していたから、文字は薄くなっている。ズボンは化繊で出来ているから、新品とは言えないがまだまだ丈夫だ。
 フロントでこの先の道を確認する。「お気を付けて」の言葉に送られ、いよいよお遍路ツーリングの始まりである。まずは八十八番札所・大窪寺を目指す。
 エンジン始動。ところが、パラパラと雨が落ちるので、トランクからジャンパーを取り出して着た。初日から遍路の制服である白装束が見えない状態で乗車することになった。すこぶる残念だ。手袋はやめて軍手である。

 走り始めると急に雨が強くなってきた。右手に瀬戸内海を見ながら国道一一号線を走るのだが、鉛色の海が寂しい。それでも波がないだけ平穏な感じがする。
 東かがわ市の旧引田町を経て旧白鳥町に入ってから、国道三一八号線に入るのだが、よく分からない。何度も迷った揚げ句、ようやく曲がり角に来た。道がよく分からない原因は、前年使った歩き遍路用の地図しか持っていないためでもある。歩きは「最短ルート」を示しているほか、ルートをバラして細切れに構成してあるため、東西南北がまちまちなのだ。

 歩いているときは、常に進行方向に向かって進んでいるから、これでいいのだろう。さらに電柱などには遍路シールと呼ばれる直径五センチほどのマークを頼りにできる。ところが、乗り物に乗っていると、ルートの概略を頭に入れているだけで、頻繁に地図を出して見ることもできない。つまり、アリの目で見ている歩き遍路と、鳥の目で見ているバイク遍路とは視点が違うのである。

 さらに困ったことに、道路の標識・看板などは一番札所から進んで次のお寺にたどり着く順打ち向きになっているのが普通だ。逆打ちの難しさを人から聞いてはいたが、初日から痛感させられたのである。
そのうえ、ここは県境である。出発したのが、鳴門だから徳島県。すぐに香川県に入って、途中で徳島県に入って、また香川県に戻るというコースだ。

 途中の山道では、道路工事のため迂回させられ、集落の中の一車線の道を進まなくてはならなかった。これでは地図があってもさっぱり分からなくなる。通りがかりの作業服姿の若い男性に道を聞いたりしながら、ようやくルートに乗った。なにはともあれ、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」と自分で励ますほどだった。
 かなり走ってから、道路わきにいたおばちゃんに大窪寺への道を聞いた。すると、「そこですよ」と指差す。なんと、一〇数メートルで、いきなり門前に出た。「あー、ここだ、ここだ」。休憩所のある懐かしい景色が目に飛び込んできた。(つづく)