
今回の遠出に当たって、販売店で一年点検を受けた。副工場長は、
「後輪タイヤが減っていますね。あと一〇〇キロぐらいしかもたないかも……。もう一つ、前輪ブレーキのワイヤーが固くなって、渋っていますよ。気が付きませんでしたか」とのご託宣である。
もちろん、両方とも気付いている。その場で、タイヤ交換と整備をお願いし、後日持ち込んだのは言うまでもない。
「一〇〇キロぐらいは、慎重に走ってくださいね」と言われたが、新品タイヤが滑りやすいことは知っている。もともと安全運転で、タイヤに無理がかかるようなことはしていない。
さて、これですべてOKだ。あとはスピードを出さずに無事故のまま帰宅することだけである。
四国霊場八十八カ所めぐりは、前年夏に歩いて結願したと書いた。全行程一二〇〇キロ。それは足の骨がやや変形しているため一日当たりの距離を長く歩けないボクにとっては、かなり厳しいものだった。途中で何度もやめようと思った。それでも沿道で出会った大勢の人に励まされたことが大きな原動力となって、最後まで歩き通すことができたのである。
特にボクの精神状態を根本から変えたのは、「お接待」という名の施しだ。道を歩いていると、通りすがりの人が「これ飲んで、元気を付けてください」と栄養ドリンクを手渡してくれたり、百円玉や五百円玉、時には千円札をいただくのだ。「お接待します」ではない。「お接待させてください」なのである。これには驚いた。
励ましてくれた人たちを裏切れない。真面目に歩いて、真剣に祈り、そして結願を果たそうという気持ちに自然になっていた。
今回の旅は時間がないから、歩くことは最初から断念した。「区切り打ち」と言って八十八カ所を何度かに分けて歩くことも考えたが、今回は四国の人々へのお礼参りである。とにかく、歩きとおすことは次の機会に譲り、まずはフュージョンでの旅としたわけだ。
歩いたときは、下着類を三組持っていたが、途中から宅配便で一組を自宅に送り返した。たとえ鉛筆一本でも重いものを持つのが耐えられなくなっていた。毎日洗濯すれば二組で十分だった。靴下が乾かずに、リュックの背に洗濯バサミでぶら下げて乾かしながら歩いたこともあったが、なんの不都合もなかった。しかし、今回は多少の重さは関係ない。三組と決めた。
遍路に必要なものは、すべて持っていた。白装束の上下に、表紙が少し破れた経本、数珠、ローソク、線香。それらを入れる頭陀袋(ずだぶくろ)と呼ばれる肩掛けバッグ。いずれも前年、一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)で買ったものである。(つづく)