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 愛車は九一年製
 四国遍路に使った愛車・フュージョンは、黒のボディーの九一年製。六年前に中古で買ったとき、オプションのバックレストを付けただけで、初期型そのものである。
 二五〇奸単気筒。エンジン音は「パタ、パタ、パタ」と軽い。音は頼りないが、信頼性は高いと信じている。

 このスクーターが初めて世に出たのは八六年四月。全長二二六五ミリ、シート高六五〇ミリ。雑誌などではよく「シロナガスクジラ」と書いてある。まさに超ロングボディー、超低床というスタイルで、当時の最先端を行く新しい乗り物だったと言ってもいいだろう。
 しかし、スポーツバイク、特にレプリカ全盛の時代に、あまりにも未来型で人気がなかったそうだ。ボク自身は、ソファのようなシートにどっかりと腰を下ろして、ゆったりと乗るという、まさに「おじさん御用達」仕様であることが若者たちに人気がなかった理由のような気がする。
 当時は街で見掛けることも少なく、せいぜい、マラソン中継のときにサイドカーを付けてカメラマンを乗せているのをテレビで見たぐらいである。

 ところが、流行というものは不思議なもので、九九年にいったん生産中止になったが、なぜか若者に受け始め、〇三年に復活を遂げる。スクリーンはショートになり、ハンドルもプラスチックカバーからむき出しのパイプに変わった。それでも、ちょっと見た目にはほとんど変わらない。
 後輪ブレーキは、車のように右足ペダルというのもそのままだ。後部にトランクが付いているが、タイヤハウスが真ん中に出っ張っているから、フルフェイスのヘルメットは入らない。ただし、それ以外の形を変えられる荷物ならかなりの収容力はある。

 スピードメーターは初期型から大型カラー液晶表示である。つまり、愛車は一四年選手だが、考えようによっては最新流行のスクーターに乗っての遍路ツーリングと言えないこともない。
 かつては仕事が忙しかったこともあり、エンジンをかけることさえ年に数えるほどしかなかった。それでも手放さなかったのは、「若い感性を失いたくない」との思いからである。町や農村のにおい、自然の雰囲気。これらをダイレクトに感じ、バランスを保ちながら走ることに、若さというものを見いだしていたからだ。

 不思議なことに、半年間動かさなくてもバッテリーに電気は残っていたし、セルは長い時間回さなくてはならなかったが、ちゃんとエンジンは掛かったのである。             (つづく)