親鸞、法然聖人の悪人正機は、五逆十罪の悪人迄も触れていない。

メラメラ両聖人は一般人の清濁を説いているものです。

 

メラメラ即ち「人は善人ぶっているが、本当は、悪賢い人間だ…」と謙虚に自己批判している程度の事である。

然し世の中には、最低層の悪人が居るものである。

 

例えば、サリン事件の原麻彰晃、、戦争犯罪者・東条秀紀等々の殺人鬼である。

 

メラメラ此れ等の輩は、殆ど、死刑囚として拘置され、最後は死刑執行をされている。

もし、これ等の死刑囚が、お釈迦様と出逢う事が有ったならば、釈尊は死刑執行を命じられただろうか…?。

其の答えはNO…!である。

 

メラメラ釈尊ならば殺人者を終身刑とし、生涯正しい仏法の説法・教化をされ、その結果、本人が大懺悔・改心し、

仏性を見性出来たならば、罪状消滅出来たとして、仏教人として生かされたたであろう、と容易に想像できます。

 

!!其れは親鸞、法然が読誦した大般涅槃経(だいはつねはんきょうに記されています。

!!如何なる悪人も、本来仏性を悉く悉有し、佛の分け御霊(みたま)を有して居る…、

!!故に一切衆生悉有仏性である。

 

しからば何故大罪悪を講じたか…?。

 

波其れは、憑霊(ひょうれい)現象である。。

 

波五次元界の未成仏悪霊の四次元憑依現象である。

 

口紅本人の意思に関係せず、未成仏霊が憑依した為の悪行である為「悪霊を先ず、成仏させ、除霊させねばならない。…」

四次元、五次元界の低級霊を先ず浄化する事である。

 

五逆十罪の最悪の例は,かって、釈尊の時代、マガダ国の、アジャセ王子が父親の国王を殺害し、更に母親(韋提希夫人)迄も、牢獄に幽閉したという事件が有った。

 

しかしアジャセ王が釈尊と出逢って自己の深い罪状に就いて相談した時、

釈尊は 「汝は仏性人間である、故に仏性を見性して、仏人間に戻りなさい…」とさとし、罪から解放させたのです。

 

アップ釈尊は仏法の善智識であります。

アジャセ王はその後、血の涙を流して号泣、懺悔し、罪悪感より解放され、生涯仏法者となったのです。

ニヤニヤ釈尊はアジャセ王が、悪霊に憑依を受けて居る事を見抜いての教宣であった事と思はれる。

 

ニヤニヤ人間は本来仏性人である為、尊属、親族殺人等の極罪をする筈がない筈である。

ニヤニヤそれ等の悪行は、五次元界の悪霊の憑霊現象なのである。

 

アップ常に、本有の悉有仏性を一番に考えねばならない。

其れが仏教徒の最大の使命である。

笑い泣き其れは教行信証、歎異抄、大無量寿経を超えた大般涅槃経により救われるもので有る。