努力を尽くしていても、苦労が多い。
次から次えと難題が生じる。
・災難続きである。
・家相が悪い。
・常に病気がちである。
・泥棒が良く入る。
・火災に遭う。
・其の他色々。
等々で不幸、苦労が絶えぬ人、家族が結構居られます。
意外に、家相、方角、暦の縁起をかつぐ等の工夫をされているにも拘わらず、災難に出遭ってしまう事が有ります。
<其れは何故でしょう?>
矢張り根本的な原理原則、宇宙の法則仕組みを知らない為幾ら努力しても不運に遭遇してしまうので有ります。
不運、不幸、災いは原理原則から遠離したものである為、正しい原理の線上に置き換え無ければ永遠に其らの現象が継続し、根絶出来ません。
其れでは根本的な原理、原則、法則、仕組みとは何でしょうか?
其れは大所高所と言う言葉が有りますように、「高い所より低い所に全てが流れます様に、低い所から高い所を仰ぎ観る生き方を常に実行して行かねばならないのです。
上を仰ぎ見るとは、親先祖仏を仰ぐ、即ち親先祖神仏を大事にする為に、常に交信しを仰ぎ祀ると言う事です。
具体的には親に仕えて、大事にし、先祖祀りを熱心に実行し、神仏を祀り、良く拝む事を日常生活習慣として行かねばなりません。
勤勉によく働いて、人、会社、家庭に一生懸命努力しましても「親先祖神仏を蔑ろにして、良く勤めを尽くさない」事は原理原則より離脱していますので<コマの心棒がブレて、ふらふらと揺れて回転>している様に安定して回転出きず、直ぐ倒れてしまいます。
親先祖神仏を中心にして居ないからで有ります。
ですから災難が絶え間なく、立て直しても、立て直しても、揺れ動く道理です。
親は子が可愛く、霊界に居る親先祖も此の世に居る子供は相変わらず可愛いのです。
其れを姿が見えないからと言って霊界の親先祖を仰ぎ見ないのは原理法則に反しています。
何故ならば霊界からは我子の居る此の世界は丸見えだからです。
其れを無視する為に親先祖からの援助支援援護が得られなくて間違った事をしてしまったり、落とし穴に落ち込んだりしてしまうのです。
先祖は神仏と繋がっていますので、同時に神仏を仰ぎ見なければなりません。
これ等の事を良く理解認識し、即実行すれば不幸不運災難に出遭う事は絶対に有りません。
(除災の祈祷、厄のけ、お払い除霊等をしても効果薄です。
況や家相、気学の方違い祈祷、手相判断、運命判断、霊能者の霊能判断等よりも
根本的な原理原則に則した以下の事を実行して下さい。)
信じられない事ですが、此れは証明の仕様がありませんので、自ら体験によって
認識する意外に有りません。
先祖を供養すのでは有りません。報恩感謝すのです。
同時に神仏に報恩感謝するのです。
分家、本家の区別は有りません。
分家本家とも仏壇は御用意下さい。
そして墓参も足繁く行って下さい。
そうすれば、天下に怖いものは有りません。
常に災難から回避、除災され、幸運に向かって行きます。
家族中が実行して行きましょう。
尚先祖とは水子も当然入っておりますので御注意ください。