ソドムとゴモラ

               北川 聖

 

 

 その地方のある地域では性が乱れ男が男同士、女が女同士乱行するのが常識となっていた。男のためのセックス処理機関として東京の吉原があるが女のための性処理機関は表向きないことになっていた。吉原は21世紀になっても存続する異様な理解不能な性処理機関である。女性が公然と金で買われているが警察は何もしない。まるでそんなものがないように扱っている。男同士、女同士のセックスも表上存在しないように扱っている。

 その地方のある地域では男女入り乱れての乱行は普通に行われていた。ここは金持ち、権力者、犯罪者、芸能人をはじめとした有名人の快楽の温床であった。警察の上層部にもここを利用するものがいるので、警察など全くあって無きが如くなのである。

 今日も快楽に溺れた人間たちが唸って喚きあっている。男が男根を相手の排泄器官に入れて擦りあって快楽を得るという異様な行為、女が器具をお互いの膣に挿入して擦りあい快楽を得るという不思議な行為に彼らはのめり込んでいた。男の低い唸るような声、女の高い喘ぐような嬌声がそこでは入り乱れていた。男色、女色という不可解な行為がここでは昔から行われていたのであったが、最近のLGBTの機運によってそこが取り締まられることはないように思われた。

 だがエイズより遥かに毒性が強い、空気感染、接触感染するエリスと名付けられた感染症がそこから勃発した。当局は最初静観していたのであるがその劇的な感染症をそのままにしておくことはできず秘密裏に海外からの医療機関、国内の医療機関がきてその正体を明らかにしようとしていた。日本の衛生関係のトップは深月露都と林瑠花と言ったが、もはや彼らはこの地方の一地域に、この感染症を閉じ込めておくことは不可能だと結論づけていた。患者は東京などに移動させることはできず、特設の野営施設が作られてそこで治療させられていた。治療といってもエイズ関係の医薬品は全く効かなかった。

 患者は罹患すると数日のうちに肌や内臓がボロボロになり苦しみのうちに死亡するのだった。このウイルスは空気感染するにもかかわらず、性的に正常な人には感染しないという真に不思議な点があった。あたかも選択的に狙い撃ちにしているところがあった。

だが誰の性生活が乱れているかどうかなど他人にわかるわけがない。だが一度でもこの地域に足を踏み込み性欲の奴隷になった人に対しては、まるで意思があるようにその人をつけ狙い炎上させるのだった。当然、その人と性交渉をした人も感染を防ぐことはできない。だからこの感染症は地域を特定して襲いかかるのと同時にあちらこちらの極めて狭い範囲から燃え上がる特徴があった。

ところで現代はLGBT問題が肯定される世情にある。だから意外な人が感染して数日のうちに死亡するのだった。当局が秘密裏に調査・治療にあたっているので、週刊誌でも謎の感染症として捉えられていた。その激烈な症状に関する情報も特に広まっているわけでもなかった。確実なのはLGBTの人が感染した場合、数日で死ぬということだった。やがてこの感染症がだんだんと世に知られてきて反LGBTの勢いが優ってきた。症状の特徴が明らかになるに従い、この相反する勢力は次第に過激さを増してきた。この感染症が性的にノーマルな人には感染しないことからこの程度の騒乱で済んでいるが、感染した場合、暴動が起きるのではないかと思われる。現在でもLGBTを公言している人の家に放火されているくらいである。

 医学者の間でもこの特異的な感染の状態を理解できず、「意思を持つウイルス」という俗名に対抗することができなかった。しかし初めに感染症による死亡が明らかになった地域は徐々に範囲を広めて性的ノーマルな人も襲うようになった。あくまでこれは個人的なことであり、その人がノーマルかノーマルでないかを確認することはできない。でも確実なことは性的に未熟で性交渉も行ったとは思えない若年層にも広がってきたのである。ここに来てようやくこのウイルスの恐ろしさが一般に認知されることになった。ノーマルだからと安心していられなくなったのである。このウイルスの発火点があの特定の地域であることから、この秘密組織は公然となり世に知られることになった。患者のプライバシーが公になってしまったのである。この感染症は罹患して数日で死亡するかと思えば数ヶ月も生存している場合もある。この地域周辺は完全に閉鎖されていたがその範囲は徐々に広まっていった。都内や地方の所々で限定的に病が燃え上がると、その人の行動した範囲が事細かに調べられて接触のあったものは隔離されるのであった。

 露都と瑠花はもちろん「意思を持つウイルス」などという風評に惑わされることはなかったが、ここにきてノーマルな人までもがあっけなく死んでいくのを見て恐怖を抱いた。ウイルスが物質である以上、徹底的な消毒と隔離が有効であるとしか考えが及ばなかった。だが人間は隔離に耐えられない動物である。症状が安定すると外出を求め、外出した先でさらに患者を増やした。

 地方のある村では男色・女色の人間をそれぞれまとめて木に縛り付けて十字架に磔にし、炎をつけて骨になるまで焼き払った。性的にノーマルの人は重症化することはなく一週間ほどで退院した。この病気を広めているのは明らかにLGBTの人たちであり、彼らが数日で死ぬのを待ってそのプライバシーが明らかになった。世間ではLGBTの人たちを排除するという段階から「殺せ」という段階に移った。異常な性欲をもつと噂される人たちは追い立てられて殺されるという事態が起こった。それは明らかに風評被害の類だった。

 露都のなすべきことは当たり前であるが徹底的な消毒と隔離である。しかし果たしてどの薬品が消毒の効果があるのかすら分からなかった。この疫病は次第に性的にノーマルな人を嫌気するようになった。ウイルス同士通信しあっているように、ノーマルな人は完全に感染の対象から外れ、LGBTの人のみを襲うようになった。反LGBTの人が攻撃する必要は無くなった。

 クリスチャンが罹患した例がないのがわかると、人々は教会に押し寄せ、洗礼を受けるための長い列ができた。一方LGBTの人はこれはキリスト教の陰謀だと主張し、教会に火を放つ事件が増えた。ノーマルであろうとLGBTであろうとこれは人間の性欲の問題である。人々はなぜ人間に性欲があるのかを考えるようになった。性欲をなくすことは種の存続に匹敵する。そのためにこそ性欲があるのだが、その性欲自体が危機に襲われた。だがLGBTという性的少数者のみが狙われて死んでいく。反LGBT者の活動は次第に下火になっていった。自分たちが手を下さぬとも性的異常者は勝手に死んでいくからだ。これは性的浄化ではないかと識者は考えた。テレビでは盛んにけんけんがくがくの議論が行われLGBTの者たちは当然自分たちの存在の意味を主張する。だが果たして存在意義があるのかという批判の方が説得力があった。LGBTの人たちだけになったら当然人間は滅亡する。彼らの数が種的に許される限界を超えたのではないかと思われた。

 ある評論家がこれは「ソドムとゴモラ」の再来だと言った。それは聖書の創世記にある物語である。男色・女色・乱行に明け暮れたソドムとゴモラの街は神の怒りに触れ天の火柱により一夜にして燃え尽きたという。議論は一瞬凍りついた。だが擁護派は馬鹿げた迷信だとして一蹴した。

 天候が長期にわたって崩れていき雨の降らない地域はなくなった。そして局地的に激しい豪雨に襲われた。雷が鳴らない日はなくなり稲妻が天地に走った。雷が落ちた家屋は全壊し火だるまになった。その精度は戦闘機の爆撃の精度を遥かに上回った。つまりLGBTの病人のいる家か噂のあった家であった。当然病院の避雷針も相次ぐ着火で吹き飛び病院全体が炎に包まれた。

 聖霊派という一団が現れた。彼らは性的に純粋であると主張した。子供を必要とするセックス以外を全て否定した。つまり快楽を目的としたセックスを否定した。しかしその両者ははっきり分けられるものではない。そのためすぐに急進化してあらゆるセックスを否定するようになった。これは種の存続に関わることだとされたが全ての受精を試験管上で行うべきと主張した。

 聖霊派は勢力を伸ばし全てのセックスが悪だと見做されるようになった。しかしすぐに出生率に反映されるものではない。病院の幼児室には相当な数の赤子がいた。雷は避雷針を砕き、直接幼児室を狙うようになった。感電した赤子はもちろんそこで心臓が止まる。効率のいい大量虐殺だった。雷はなおも轟をやめず病院そのものを感電させ焼き尽くした。

 聖霊派の中にも快楽を求めセックスをする人はもちろんいた。すると暗天の空から一筋の光線がその者の頭から足まで貫くのだった。

 自然がLGBTの人の存在を拒否していた。彼らがこの世からいなくなるまで雷、洪水、地崩れは止まないだろう。

 もはや露都たちのなすべき行為は何もなかった。彼にもこの災害が人災だということを理解してきた。普通の意味の人災とは異なっていたが。全ての人に試験管による受精を命令するなんてことはできるだろうか。人間からセックスによる快楽をなくすことができるだろうか。彼は聖霊派の主張することは過ちだと思った。人間は快楽を求めて生きていく。セックスによる快楽は自然なことだ。だが恐らくは神のようなものがLGBTを否定しているようだ。神と戦うなんてことはできるはずがない。だからテレビのCMや広報活動で行為をやめさせるよう迫る以外なかった。天候は相変わらず荒れていた。これは人間の自制心を試しているのではないか。LGBTの行為が収まれば天候は回復し、一年前に戻るのではないか。これは警察のような組織が介入すべき事柄だと考えた。だがどうやってLGBTの人たちを見つけ出せばいいのか。人間がその性癖を告白するはずがない。だが最後の決め手であろうワクチンが開発されようとしていた。だがそのワクチンは精神を変化させるものだった。つまりLGBTの行為に対する興味を無くさせるものだった。もちろん外的には特効薬として発表されていた。全国民に対して検査薬が送られてきて所見が出れば病院に行く。つまり隔離されに行くのだった。恐怖に怯えている者は争うように病院へ行き、長蛇の列が起きた。一方、ノーマルな人もセックスを避けた。神らしき人の意思がはっきりしないからだ。メディアでは異星人による淘汰という説が出てきた。とんでもない説だが信じる者も一定数いた。人間は恐怖によれば大体の欲望は抑えられるのである。テレビではカーテン越しに異星人の代表者との対談が行われた。異星人の使者はこの事態に陥ったのは全てLGBTの人間の増加によると言った。現実にそのような結果が出ている人間側は、どうすればこの制裁が済むのかと正した。どの番組でも答えは同じだった。LGBTの人を殺せというものだった。一度でもそのような行為をした者も死なねばならぬのかと問うと「そうだ」と言う。このような番組はバラエティ枠で行われた。だから笑いも起きた。異星人の代表は人間側の追及によりすぐにボロを出した。追及に応えられなくなると姿を消すのである。一方でNHKなどの公共放送は全国的に降り止まない雨による崖崩れなどに注意喚起した。

 露都はこの状況が好転することはないのではないかと思った。彼はただ時間のみがこの窮地を救うと考えた。LGBTの人はやがて全て死に、いなくなる。それまでにどれだけかかるかだが毎日のように雷の轟は止まなかった。だがそれから数ヶ月して明るい日差しが見え始めた。文字通り太陽が顔を出し始めたのである。突然死は相変わらずだが、もう一日に数万人が死ぬようなことはなくなった。死者は百人単位になった。

 露都はLGBTの人が限界に達したと考えた。人間は浄化されたのだ。だがそれが長続きするほど人間は強くない。また未来にこうした災害は起こるだろうと露都は結論づけた。数年後、これに似た事態は再燃した。再燃と終息はその後何度も繰り返した。だが人間はそれに対処する手段は持っていなかった。ただ忍耐のみに頼る以外ないと思った。しかしなおも経った時地球は白い光となって消えた。