その日が来た。三宅はなかなか寝付けなかった。頭が痛むので薬を飲んだ。何か予想外のことが起きている気がした。彼は自殺したい時が何度かあった。だが実行に移すほど愚かではなかった。
彼がどうしようもない憂鬱な気分で待っていると、約束した時間に彼女は来た。
「お待たせしました。今日はカウンセラーとクライアントの関係ではありません。私が勝手に三宅さんを誘ったのです」
「この前は自殺を考えていると言っていましたが、それについて私の見解が必要と思っているのでしょうか?」
「家族を殺してから自殺したいということです。私にとってカウンセラーは重荷でした。四年間ほどやりましたが私には向いていないことが分かったのです。この前のカウンセリングでそれがはっきり分かりました。お金を介在にして傷つけあいをするのがカウンセリングの正体なんです」
「自殺や心中をしなければならないような状態なんでしょうか。私にはそう思えない。単にカウンセラーを辞めればいいという問題でしょう? あなたはだいぶ疲れているようです。疲労が蓄積してまともな判断が出来なくなっているんですよ」
「まともな判断って何でしょう? 私は四年間まともなアドバイスをしてきたでしょうか。カウンセリングというのは『商売』だということがよく分かりました。一時間何もしなくても成立する商売なのです。弱者からお金を吸い上げる下等な商売なんです」
「そこまで卑下する必要はないでしょう。下等な商売はこの世にいくらでもあります。いずれにしてもあなたが殺人を犯したり、自殺をしようという理由にはなりませんね」
「もう何もかも嫌なんです!」
彼女はそう叫んで喫茶店のグラスを床に叩きつけた。
ウエイトレスが来て「どうされましたか」と言った。
「いや何でもありません。ちょっと興奮されたようで。申し訳ありません」
ウエイトレスは怪訝な顔をしてガラスの破片を掃除した。
彼は冷静を装い言った。
「私はカウンセラーではありません。あなたの心の問題は私の手に負えません。専門家に診てもらうしかないでしょう」
「私が今カウンセラーを辞めたら私が診てきた百人を超えるクライアントにどう説明すればいいのでしょう」
「責任を感じる必要は何もありませんよ。そもそもクライアントはカウンセラーのことを一〇〇%信じているわけではありません。立ち直るきっかけになればいいと思ってきているのです。カウンセリングがうまくいくように気を回しているのはクライアントの方ですよ。だから仕事として成立しているのです。だからカウンセリングをしているというよりも、させてもらっているといった方が正しいのですよ。だからカウンセラーのアドバイスはもともとクライアントが思っていた結論に達する可能性が高いのです。自分の話を第三者という鏡に映して確認しようとしているだけなのです」