『何でここまでされなければいけないんだ、同じ人間だろう、僕がそれほどまでに悪いことをしましたか。見つめちゃいけないんですか。なんかの損になるのですか』

そうした思いが頭の中をぐるぐる駆け巡った。でもその百合子が直接言った言葉である、認めないわけにはいかない。彼はますますクラスにいづらくなった。でも彼は耐える以外なかった。不登校になんてなりようがない、親が絶対に許さない。彼は人生で最初の不条理を知ったわけだ。彼は極力彼女を避けた。廊下ですれ違う際、壁際に寄った。目が合いそうな場合、スッと視線を避けた。彼の心の中は悲しみと怒りで渦巻いていた。居たたまれない気持ちだった。

 

 

 

 

 

彼はその時カバンの奥に潜めているナイフを思いついた。ナイフは何かの役に立たないだろうか、もちろん空想上では百合子に対してナイフで自由にしてしまおうという欲望があった。何回も犯した。だが彼は女性の部分がどうなっているか知らなかった、だからその場面になると曖昧になってしまうのだった。そんなこともあり学校で会うのがつらくなった。彼はつまり混乱して弱りきっていたわけだ。殺意すら感じた。一緒に死にたいとすら思った。

しかし彼にはそれは非現実的なことに思われた。よくテレビで見る事件、あの当事者に自分がなるなんてことは考えることすら恐ろしかった。彼が15歳になるまでに生まれる前も含めて恐怖の対象となっていた事件がいくつもあった。子供であってもある程度は理解してしまうものだ。銀行での籠城事件、彼はその時の犯人が如何に異常な行動をしたかを知っていた。それは彼の夜毎の空想とあまり違わなかった。だから自分が恐ろしかった。自分は怪物ではないかと思った。〇〇小無差別殺傷事件、あれから遠く離れているとは言い難かった。ナイフが包丁に変わりさらに危険な殺傷道具を手にしたくないとは思わなかった。

 

 

 

 

 

だがこうしたことは全て思春期の妄想である。実行しようなどとはつゆほどにも思わなかった。自分の人生が破滅する、或いは警官に銃撃される、警棒でメチャメチャに殴られる、犯罪を犯したものには人権がなくなる、どうされても仕方がないと彼は思った。だから心の中で怪物だとしても心の外では品行方正な人間でいるのが何よりも大事だと思った。自分はどうだろうか。そうとは言い難い。ナイフを護身用ばかりで使うのはどうかと思った。そもそも所持が犯罪なのだが。彼はいつか自分が暴走するのではないかと思った。自分が怖かった。彼はやり遂げてしまうタイプの人間だと思った。人を殺すのを何とも思っていない人間だと彼は自認していた。しかしふと正気に戻ると自分は平凡な人間で何ら危害を与えるような人間ではないと思った。つまり思春期のごく普通の人間だったのだ。