「赤頭巾ちゃん気をつけて」について。

北川 聖

 

 

 

 

僕はこの小説の最後の部分を読むといつも泣いてしまうのだけれども、それを皆さんと共有したい。

 

学生紛争によって東大の受験が中止された時に、日比谷高校の薫くんは胸に堪えていたこの世の馬鹿馬鹿しさを吐き出す。

薫くんはスキーのスティックで足の指を怪我していた。ガールフレンドの由美ともうまくいっていなかった彼は銀座に出た。もう何もかもどうでもいいと思っていた。心の中にどす黒いものがあった。

その時だった。右の方から何か黄色いものがかすめるように前を通り過ぎたかと思ったとたんに、僕は左足のそれも爪なしの親指そのものの上を確かに地軸まで踏み抜かれて、それこそ声も出ず身動き一つできぬまま全身を強張らせて縮み上がっていた。

「ごめんなさいね」黄色いリボンの女の子が怪我をした足を踏んだのだった。女の子は赤頭巾ちゃんの本を買うために急いでいたのだった。薫くんは激痛に堪えながらも「だいじょうぶ」と言った。それから二人は一緒に本を探し、本を買った女の子は、さよならと言って駆け出した。すぐ先の信号が赤だった。薫くんは思わず「気をつけて」と叫んだ。彼女はパッと立ち止まった。そして僕に何か言ったけれど、僕にはそれが、あなたも気をつけて、と言ったように聞こえた。僕はそのちっちゃなカナリア色のコートとリボンが消えた後も、しばらくじっとその行方を追うように眺めていた。突然何かが静かに、でも熱く熱く僕の胸の中に溢れていた。

薫くんはその夜、喧嘩していた由美を呼び出し、そのことを話した。「とても嬉しかったんだ」と言って。僕は由美と手をつなぎながら、大きくて深くてやさしい海のようになろう。たくましくて静かな木のいっぱい生えた森のような男になろうと思う。

この辺の文章は饒舌だが胸熱くなる文章が続いている。