おはようございます。
2015年の芥川賞作品の「スクラップ・アンド・ビルド」を読んで現役理学療法士が感じたことを書いていきます。
今回は、最後のテーマになりました「尊厳死」について書いていきます。
尊厳死とは、不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、死期を単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死のことです。本人意思は健全な判断のもとでなされることが大切で、尊厳死は自己決定により受け入れた自然死と同じ意味と考えています。(一般社団法人日本尊厳死協会HPより)
最近では、「尊厳死」という言葉に加えて「終活」や「エンディングノート」なんていう言葉も、一般の方々に認知され始めてきたかと思います。
ではなぜ、近年、死に対してどう向き合うかといったテーマが良く取り上げられるのでしょうか。
ここで「スクラップ・アンド・ビルド」の本文を抜粋します。
延命措置が発達した世の中では、したいことなどなにもできないがただ生き長らえている状態の中で、どのように死を迎えるべきかを自分で考えなければならなくなってしまった。ほとんどの人は昼も夜もない地獄ノの終わりをただじっと待つしかない。それは長寿の現代人にもたらされた受難なのか。目の前にいるこの小さな祖父一人にそれを背負わせるのはあまりにも酷ではないか。
つまり、意識もある程度しっかりありながらも、衰えていく身体とともに死をリアルに実感していくことができてしまう現代の高齢者にとって、自然と発生してきたテーマだと思います。
最初のテーマで取り上げた、健康寿命と平均寿命の差の期間により実感することでもあると思います。
今回のテーマに戻ります。
「尊厳死」に関しては、よく本人の意思を尊重することを重きにおかれます。しかし、今回は本人ではなく、その家族にも焦点を当てて欲しいと思います。
私は、「死」とは当事者だけのものではなく、この世に残される「家族」のテーマでもあると考えます。
当事者が、「死」への気持ちを整理する時間があった上での「尊厳死」であるならば、家族にもその時間が必要だと思います。
私の経験をお話しします。
私は、6年前に母を亡くしました。がんという病気と闘っていることは知っていましたが、実家を出て大学に通い、その地域にそのままで就職していたこともあり、母と顔を合わせるのは長期休みの時だけでした。
しかし、体調が少しずつ悪化していたことは子供である僕たち兄弟には、あまり知らされず、自宅での生活が限界を迎え、入院した際も、そのことを知ったのは入院から1週間後でした。
母は、入院約3週間後に亡くなりました。最後の入院の期間で母に会えたのは2回でした。2回目に会ったのは、亡くなる前日で、苦しそうに何度も寝返りして、なんとか落ち着く位置を探しているようでした。一言二言で息苦しさもあったため、会話という会話はほとんどできませんでした。
もっと時間を大切しにおけばと思う一方で、母の「死」を身近に感じてからあまりにも短い時間でした。私は、自分の経験も踏まえて、残される家族にも当時者の「死」を受け入れる時間が必要と思います。
大切な人の「死」は、時間が十分あれば受け入れられるものではないのかもしれません。
しかし、少しでも「死」を意識してからの「死」までの時間があれば、思い出を振り返る時間、感謝を伝える時間、残りの人生を一緒に楽しむ時間を過ごせるのではないでしょうか。
厚生労働省から出されているデータでは、近年、病院ではなく在宅で終末期を迎えたいと希望する人が多く、さらには戦後初めて実際に病院死が減少し、在宅死が増加しています。在宅で終末を迎えるという選択肢は、大切な家族との時間が増えることにつながるのかもしれません。
誤解を生むといけませんので、改めてお伝えしておきますが、私は、ギリギリまで元気でコロリと死ぬ「ピンピンコロリ」が良いとか、平均寿命と健康寿命の間が空いている方が死への準備ができて良いとかの話をしているわけではありません。
あくまでも、当事者と大切な家族がどれだけいつかは来る「死」を意識して、大切な人と関われるか、その時間を大事にできるかが、大切だと思います。
どう生きるか「生き様」だけでなく、どう死ぬか「死に様」も、前向きに考え話せる世の中になると良いと感じます。
全4回にわたり、「スクラップ・アンド・ビルド」を読んで現役理学療法士が感じたことを書いてきました。
もしお読みでない方も、これまでのブログの意見は全部忘れて、ぜひ自分なりの視点でお読みいただけると。超高齢化社会を考えるきっかけになるかと思います。
長文お読みいただきありがとうございました。

