その昔、オノコとの密会を写真週刊誌に撮られたことで、頭を丸めたアイドルがいた。それが彼女にとっての反省の形だったのか、それとも広い意味でのパフォーマンスの一環だったのかは知らないが、年頃のオナゴが坊主頭になって泣きながら謝罪するという”異常”な映像は、当時物議を醸した。

 

「アイドルは恋愛禁止」と謳われるようになったのはいつからだろう? おそらく70年代のアイドル黎明期から、敢えて誰かが口に出さずとも空気の如く業界内に漂っていたのだろうけど、自主的なルールとして明確に打ち出されたのは、世に大所帯アイドルが出始めた頃からだと鬼は認識している。なるほど、確かにアイドルに処女性を求めるファンは少なくない。それが商品価値の一部ともなっている。お金をかけてくれるお得意様たるファンが重要視するそういったニーズに応えるための、いわば販売戦略としての「恋愛禁止」。では、当の本人たちは、これを守るべき絶対的なルールと捉えているのか、はたまた表沙汰にさえならなければ反故にしてもいいほんの建前に過ぎないと捉えているのか。

 

未熟さが許されるという点で、鬼はアイドルと子供(≒未成年)の立場は似ていると考えている。何かをし損なったとしても、まだ子供だから仕方がない、できなくて当然だ、という目で世間が見てくれる場面は結構多い。これをアイドルに当てはめると、たとえ音痴でも、アイドルだからCDが出せる。ダンスが下手でも、アイドルだからライブでパフォーマンスができる。演技初心者でも、アイドルだからドラマや舞台のキャストに抜擢される……という具合になる。つまり、子供に対するものと同じように、世間がアイドルの“できない”をある程度許容しているのだ。

無論、許されることばかりではない。子供の場合、ある年齢に達しなければ手を出せないもの(酒・煙草・免許・夜間外出……etc)を法律等で定め、その未熟さを縛りもしている。そして、CDや写真集をリリースする度に、いわゆる特典商法で一人に複数枚(冊)購入させるようなエグいやり方すら許されているアイドルの、ほとんど唯一と言っていい縛りこそが、先述した通り恋愛の禁止なのである。アイドルの寿命は、凡そ10代半ば~20代半ば過ぎまで。まさに同世代の子たちが恋することに夢中になっている時期、色気にも目覚めてくる年頃を丸々縛られるのだ。たとえ夢を叶えるための代償だとしても、それは決して小さなものではない。アイドルが未熟さを許されるのは、何もビジュアルの良さばかりではなく、この支払っている代償が評価されているからとも言える。

 

アイドルは恋愛禁止。誤解されるような行動も慎まなければならない。彼女達は、同性の友人が所有するスマートフォンなどの撮影機能が付いているものの中にも、自身の写真データを残さないという。もし仮にその写真が世に出回ってしまった場合、見出し一つでどうとでも記事になってしまうからである。

せっかく掴んだ夢、アイドル人生を全うするため、ストイックにルールを守る。全員が全員最初はそう心に誓っているのかもしれないが、如何せん誘惑の多い世界である。ちょっとした油断、気持ちの隙間から禁を破り、そこを今か今かと手ぐすね引いて待っていた写真週刊誌の餌食になってしまう者もチラホラいる。一緒に写っている相手と、実際恋愛関係の場合もあれば、単なる友人関係の場合もあるだろう。しかしながら、ファンは写真週刊誌に載ったという事実に重きを置く。違ったとしても、その時点で前者が真実になってしまう。

 

本当に恋愛をしていたからとて、あくまで私的なルールを破ったに過ぎず、公的には何ら問題はない。それでも彼女達は、ファンに対して謝罪した上で、ポジションの降格とか、一定期間の活動休止とか、何らかのペナルティを受ける。中にはそのまま自らグループを脱退してしまう子も。責任を感じて、という面も勿論あると思うが、SNS全盛のこの時代、悪意ある口撃の的になりたくないという気持ちも少なからずあるのだろう。

 

かつて、明石家さんまさんが自身のラジオ番組で「『明日大阪で握手会、明後日仙台で握手会、来てね』って言って、飛んで来てくれる男なんておれへん。彼氏だって、旦那だって、そんな男いない。ファンだけや、そんな我が儘についてきてくれるのは。だから、アイドルの恋は隠さなあかん。それがファンへの誠意や」と語っていた。ファンあっての商売で、長年トップを張ってきた男の言葉は重い。

もし自分がアイドルグループのメンバーだったとしたら、失うモノの大きさを考えると、鬼は到底恋愛に走ることなんて出来そうにない。共に頑張ってきたメンバーにだって、合わせる顔がない。何が罪深いかって、自分がルールを破ることで、どうせ他のメンバーも破ってるんでしょ、って世間に思わせてしまうことだ。自分だけじゃない、仲間の努力さえも無にしてしまう。そんな十字架、鬼は背負う気になれない。

 

まあとは言え、自分本位、周りが見えなくなるのが恋だろう。ファンやメンバー、スタッフを裏切ってまで走りたくなる恋があるというのもまた羨ましい話ではある。恋と引き換えに上った舞台を、恋を手にするために降りる。魔法にかかっていなければいいねと思う。魔法が解けて恋が冷めても、アイドルだった自分には二度と戻れないのだから。

 

因みに、この文章は今年の春先に下書きしておいたものだが、この半年の内に冒頭に挙げた女性タレントがアイドルを卒業し、その後どこぞの誰かとの交際宣言をしたと聞いた。当然彼女は頭を丸めることはなく、世間も温かい目で見ているという。やっていることは同じでも、アイドルの看板があるかないかでこうも違う。全く因果な商売である。