虐められて、心が病んで、どうしようもなってどうのこうの展開において経験は無いが分からなくはない程度の正常な倫理観は備わっているつもりだ。

 

とはいえ、私は過去に虐められた経験があり更なるいじめを求めていた体質のせいで加害者を被害者に仕立て上げた狂人なので言えた義理ではないが・・・

というのも、自分のことをもっと虐めてほしくて相手を挑発するような真似をしたことがある。

その結果、求めていた通りの結果が起きた。

が、それは事が大事になったことを指し示す。

当然周りが気づきだし、加害者を糾弾。

被害者自ら作り出した加害者ではあるが、立場上被害者と言うことになっているため自分で作って自分で潰したという自分にとって最悪なシナリオ展開に終息した。

 

だからこそ、イジメの暴力の思想において2人の自分がいる。

1つは一般的な倫理観を持ち合わせている自分、もう1つはそれこそが私の求めていたものという感情で埋め尽くされる害悪思想の自分である。

 

 

 

私はどうすれば救われる?

死にたいほどに苦しい。

虐められている私が好き、イジメている誰かを見て自己投影している自分が好き、そんな害悪な人間は生きている価値はあるのか?

そんな自問自答が毎日繰り返し行われている。

 

ただでさえバグっているのに、更に脳がバグる連続。

 

 

私はただのMじゃない。

圧倒的悪意を以て敵意を以て暴力でねじ伏せられたい。

逃れられない苦しみを味わいたいという究極のMだ。

だからこそ害悪な思想が脳を支配する、破壊する。

でももう手遅れ、そんな思考に染まったが最期どうすることもできない。

 

ただただ他人に迷惑を掛けないように毎日毎時間毎分毎秒に気を遣って生きている。

この思想は口にしてはいけない、やってはいけない、そう言い聞かせている。

 

 

ただただ、ただただ・・・

この無限に続く苦しみの解放を私は知りたい。