私が「性悪説」を唱える所以でもあるのがこれです。

人の不幸をどこかフフッと笑ってしまう嗜虐的一面が全人類どこかしら、なにかしらあると考えているからです。

そしてその根底には隠されたエゴに塗れた実に利己的な欲望があると思っています。

 

人は何かしら行動を起こすとき無意識に見返りを求めます。

それは対人とは限りません、行動の結果そのものが見返りの場合も考えられます。

それは100%なんだから当然じゃないか?と思う人がいるかもしれませんが、ある1つの行動においてたった1つの結果しか存在しないなんてことはありません。

 

ある1つの行動における結果はいくらでも可能性は広がっていると考えています。

しかし、行動主にとって求めている答えは大抵1つ。

それを求めるがために行動したにもかかわらず何も得られなかった場合人は悔しがるでしょう。

それはある意味利己的な運命だと私は考えます。

 

だから何だっていう話ですが、まぁアレです。

人間欲望に忠実になれば世界滅亡なんて1日も必要ないという話です。

 

唐突に何を言っているのかって思うかもしれませんが、結構いたって大真面目な考察ですよ?

1人の人間が史上最悪の利己的欲望を満たそうと考え行動に移すという運命が存在するかもしれないって貴方は信じますか?ということです。

 

地球を破壊しかねない爆弾(これは比喩でも可です)をある人が稼働する可能性は0%という証明は不可能です。

人はいつでも人を滅ぼせる、滅ぼす必要性が無いから滅ぼさないだけ・・・

 

社会のルール、マナー、常識、道徳それらはとても曖昧過ぎる。

そして人間の行動原理を直接操作するものではなく人間の心理について操作を促す効果がもたされる可能性があるだけのもの。

 

その上で、「人の不幸は蜜の味」

最悪の運命を引くのは明日かもしれない、私は常日頃そう考えながら生きていますがその根底にはこの思想が眠っています。

そしてそれは私自身かもしれない・・・

 

規模の小さい人が人を滅ぼす利己的欲求、深層心理に問いかけてみると面白いことが分かるかもしれない。

人類皆殺人願望を持っている狂人の可能性は果たして0%か否か・・・