今日は性癖について語ります。

とはいえ、この一回で全てを語れるわけではありませんのでそこはご了承くださいw

 

というのも、プロフィールにある通り異常中の異常を抱えているため一言で説明するのはとてもじゃないですが不可能だからです。

 

それでも一言でまとめて言うのであれば、『究極のマゾ』を求めている人間ということになるのでしょうか?

マゾヒズムにおける持論として『究極のそれは自殺』を例に以前挙げましたが、それに匹敵するものだと考えていただいて構いません。

しかしそれは単なる自殺願望というのも違ってきます。

あくまで比喩的な意味合いの方が強いです、自ら死を求める行為という点でその言葉が当てはまったというだけなのです。

 

 

とはいえ自殺という行為に興味がないわけでもないというのが私の性癖・フェチと言った部分を難問化させている要因だと考えられるでしょう。

その場合でもやはり普通の自殺とは違った切り込み方をします。

 

単純に死にたいわけじゃない、具体的に言い表すのなら『自分自身望む苦しみの中で絶対に救われない環境の下死ぬ』ということになります。

しかし、それを行動に移すには現実的ではないと考えざるを得ないハードルが存在します。

まず前提として、いくら苦しんでも最終的には死を得ることができるということ。

そして、長い苦しみの中で助け出される可能性が0%であるということ。

 

一般的暮らしを送る中でこの2つは非常にハードルが高いです。

一人暮らしをしている人なら楽にこなせるミッション?

そうかもしれませんね。しかし私の場合はそれでも難しい環境と言えるので、やはり行動不可能なものだと考えています。

 

またそう考える理由の1つに、手段そのものというのも深くかかわってきます。

つまり、どういう方法を選ぶのか?

それもまたこの実行を困難化させます。

 

あたかもそれこそが私の生との結びつかせようとしている唯一の要素だと言っているかのようですが、それだけではないのでそこはご安心ください。

死ぬのは難しいから死ぬのを止めようだけで生きているわけではないので・・・

 

 

さて自殺と聞いて真っ先に例に挙げられるものといえば、首吊りや練炭といったものでしょうか?

しかし私の場合、そもそも赴きが異なるので凍死・溺死・投身と言ったものが真っ先に挙がりました。

自殺願望者が普通は選ばない方法です。

凍死と溺死の場合は場所と時間を有し、完遂保証の環境下を準備することがそもそも困難だと考えられます。

投身にしても、完遂保証の高さの定義が曖昧でこれもまた行動を難化させます。

 

 

そういう意味で自殺願望者とは違うナニカなのかなと思っているのです。

 

 

まさに究極の被虐と言えるでしょう。

凍死にしろ溺死にしろ投身にしろ、後戻りができない且つ逃げ出せない環境下でそれを実施したいという願望が候補となるわけです。

 

とはいえ私のマゾヒズムはこれだけではございません。

自身を傷つける術は他にもあります。

今回挙げた『自殺』というのは、あくまで死を着地地点とした場合の候補に過ぎません。

 

明日も引き続き、マゾヒズムについて語っていこうと思います。