前回の『性悪説』にも通じる話になるんですが、私は人間は欲深い生き物だと考えています。

己の欲求に愚直な生き物だと・・・

 

思いやり、相思相愛、以心伝心、と言ったもの全ては各々のエゴの末うまくかみ合っただけの産物だと・・・

 

自分にとっても思いやりは大多数より賛同を得るもの、その結果美化される事象として昇華される。

自分が相手を好きになり相手が自分を好きになる、それだけの関係が相思相愛の実態だと考えています。

 

以心伝心は微妙に今回のテーマとズレますが、いずれにせよ自身の想いがどう他と絡むかによって見え方が変わるものだというのは変わりないと思っています。

だから何だという話ですね・・・

自分の思い描いたモノだから何なんだと・・・

 

 

私が言いたいのは、それは色々な分野に派生していくものでもあるということ。

他者を陥れたり、虐げることもまた一つの欲求に過ぎない代物だということを言いたい。

 

 

人間は考える脳を持っています。それは地球上或いはこの世の中で最も優れているモノかどうか・・・までは分かりかねますが、それでもある程度考える脳はあると言えるでしょう。

その脳で考えた結論に、『これを経て得するものはあるのか否?』というのがあると考えています。

つまり、選択肢です。

「私は破壊したいかもしれない、がそれで得られるものは私にとっての利益をもたらすのか?」

 

それは無意識の中で処理される事象だと考えています。

その結果、大抵は選ばない。

そしてそれは選ばない理由として、道徳的によくない・法的にout、倫理に背く等々の言葉を並べた結果だと普通は想うことでしょう。

端的に言えばそれは良くないことなんだと・・・

 

しかし本当にそうなのでしょうか?

もっともらしい理由を並べただけで、実際は違うのではないでしょうか?

どこかにその感情があるはず、私はそう信じています。