俺は今、テーブルの上に乗せた真っ赤な林檎をもてあましている。


子供のころから不器用で、林檎なんて切ったことがない。こうなることは、買う前からわかっていたのだが、仕事から帰る途中、バイクで秋 風を感じながら見た果物屋の林檎は俺の心のどこかを引っ張った。


子供のころは、よく、母が林檎を買ってきた。慣れた手つきで、真っ赤な皮をむいた後、八つに切っていくのだが、俺はそのときのシャリ シャリという音が嫌いだった。八つの林檎を3人で分けるのは無理があった。俺が出来上がった林檎を順に分けていくと、弟は、残りを自分が食べると言い 出した。俺はそんな弟が憎かった。


陸上部の俺と違って、弟は足が遅かった。科学部なんかに入っていたからに違いない。野球部の連中はいつも、弟が空気を読めないことをネタにして盛り上がっていた。


弟は勉強だけはできたらしい。模試ではいつも優秀者のリストに名前を載せて、県で一番の進学校に行った。弟はいつも、俺の成績をみて優越感に浸っていた。俺はそんな弟を見返してやりたくて、カンニングをした。その日のうちにばれて、次の日には父親にしかられた。弟は終始黙って俺を見てい た。


フェイク-りんご

 今、私は八つに切られたりんごを皿の上でもてあましている。


 独身の身で、お腹いっぱいに夕飯を食べた後にデザート感覚で食べるのは少々無理があることはわかっていた。夕飯の買出しにスーパーへいく 途中、秋の風に吹かれて考え事をしているとつい、食べたくなるのだ。


 子供のころは、毎週のように母がりんごを買ってきてくれた。慣れた手つきで、真っ赤な皮をむいた後、八つに切っていくのだ。私はそのときのシャリ シャリという音が好きでたまらなかった。私はその音を最後まで聞いていたかったのだが、兄はそうさせてくれなかった。出来上がったそばから、りんごを分けて いくのだが、大きいやつから自分の皿に持っていこうとするのだ。


 兄はいつも勉強の成績が悪いうえに、問題ばかりおこして母を困らせていた。科学部の先輩はいつも兄の成績のことを馬鹿にしていた。ある日、カンニングをしたことが担任に漏れたらしくて、父が真剣な顔で兄に説教をしていた。私はそんな兄をさげすんだ目で見ていた。


 兄は足が速かった。短距離走の選手なのに、長距離走でも学校中の誰にも負けなかった。私も足にはそれなりの自信があったが、兄と比べられるのが嫌い なので科学部にした。マラソン大会ではいつも真ん中くらいだったのに、兄は私を責めるような目でにらめつけてきた。