第四章 傷心の旅
「優里、わしのせいだな、お前に辛い思いをさせてしまったようだ、すまん」
その頃私は北海道に降り立った。
なぜ、北海道にきたのか、自分でも分からなかった。
母から北海道で暮らしたことがあると聞いていた。
まず、今晩泊まるホテルを探した。
今日はゆっくりお風呂に入って何もかも忘れよう。
明日から仕事を探さないといけない、その前に住むところを見つけなくちゃ。
ホテルを探していると、定食屋が目に止まった。
悩んでいてもお腹は空くんだなとちょっとおかしくなった。
ドアを開けて空いている席に座った。
定食屋のおばさんがやってきて「何にするんだい、かにクリームコロッケ定食がおすすめだよ」と言ってくれた。
私はそのおすすめを頼んだ。
しばらくしてかにクリームコロッケ定食が運ばれてきた。
とても美味しそうな香りで、すぐに箸を割って頂いた。
この時私以外にはお客さんはおらず、そのおばさんはちらっと私を見て声をかけてきた。
「旅行かい、それとも仕事を探しているのかい」
なんか全て見透かされているようでびっくりした。
「はい、仕事探しています、住むところもなくて、困っています」
私は正直に事情を打ち明けた。
「そうかい、それならここで働かないかい、部屋もちょうど娘が東京に行ってしまって空いてるんだよ」
「えっ、そうなんですか」
私は藁をもつかむ気持ちでお言葉に甘えることにした。
「それを食べ終わったら、二階に案内するからね」
「ありがとうございます、私、森川優里と申します」
「森川」
おばさんは記憶を辿るように考え込んでいた。
「お母さんは健在かい」
「一年前に他界致しました」
「病気かい、それとも事故か何かかい」
「癌を患って亡くなりました」
「辛いことを聞いてごめんよ」
「大丈夫です」
それから私は食事を全て平らげて二階に案内してもらった。
「この部屋を自由に使っていいからね、明日から店を手伝っておくれ」
「はい、よろしくお願いします」
その頃、俺は必死に優里の行方を探していた。
何があったと言うんだ、俺の記憶がないこと、親父が優里と名前で呼ぶこと、阿部が優里様と呼ぶことから想像すると、親父と優里はなんらかの関係がある、そして阿部はそのことを知っている、そして優里もその事情を知って俺の前から姿を消した、知らないのは俺だけと言うことか。
つまり、俺と優里は結婚出来ない関係と言うことか。
何も解決しないまま、悪戯に時は流れた。
俺は自分だけでは優里を見つけ出すことが出来ないと諦め、探偵を雇うことにした。
一週間後、雇い入れた探偵から連絡が入った。
「城之内様、ご依頼の森川優里さんが見つかりましたよ」
「本当か、どこにいるんだ」
「北海道です、定食屋梅澤で住み込みで働いています」
「北海道か、ご苦労様、約束の報酬は優里を確認したらすぐに振り込む」
「承知致しました、情報をスマホにお送り致します」
俺はすぐに北海道へ飛んだ。
その頃私は定食屋梅澤の看板娘として人気を博していた。
店の常連の工藤拓通称拓さん四十五歳は私を毎日口説いてくる。
五年前に奥さんを亡くし、子供にも恵まれず、一人暮らしをしているため、毎日店で食事をしている。
「優里ちゃん、俺のカミさんになれよ」
「ありがとう、でも私結婚はしない主義なの」
「なんでだよ」
「なんでも、それに拓さん浮気しそうなんだもん」
「おいおい、それは見かけだろう、俺はこう見えても一途だぜ」
「ちょっと拓さん、うちの娘を誘惑しないでね」
「おばちゃんまで、俺は本気だよ」
そこへ一人の男性が入ってきた。
「いらっしゃ……」
私は固まった、店の入り口に立っていたのは陸だった。
「陸」
「優里、探したよ、やっと見つけた」
そこに割って入ってきたのは拓さんだった。
「お客さん、突っ立ってないで座れよ」
拓さんはそう言って陸を座るように促した。
陸は私をじっと見つめていたが、入り口近くの席に座った。
私は陸のテーブルに水を運び「ご注文は何になさいますか」と尋ねた。
「お薦めは何かな」
「かにクリームコロッケ定食がうちの看板メニューです」
「じゃあ、それをお願い」
陸は注文して私の動きを目で追っていた。
拓さんは陸に声をかけた。
「兄ちゃん、東京からきたのか」
「はい」
「優里ちゃんとどう言う関係?」
「俺は優里と結婚したいと思っています」
「えっ、優里ちゃんは結婚しない主義だって言ってたぞ、俺も口説いてるんだが中々OK貰えない」
「優里は俺と結婚するんで、手を出さないでください」
私がかにクリームコロッケ定食をテーブルにおくと、その私の手を掴んで「優里、ちゃんと話しをしよう、何かあったならなんで俺に相談してくれないの」と詰め寄られた。
「離してください」
そこに拓さんが割って入り、私の手を掴んでいる陸の手を引き離した。
「よせ、優里ちゃん嫌がっているじゃないか」
「これは俺と優里の問題だ、あんたには関係ないだろう」
「関係あるさ、惚れてる女が嫌がってるのを目の当たりにして黙っていられるか」
惚れてる女って、拓さん何を言ってるの?
「拓さん、いい加減なこと言わないで」
「いい加減じゃないよ、俺は優里ちゃんが好きだ」
そこにおばさんが割って入ってきた。
「拓さん、あんたは引っ込んでな」
「おばちゃん、それはひどくないか」
おばさんは拓さんの言葉を無視して、陸に話かけた。
「あんた、訳ありみたいだけど、優里ちゃんはうちの従業員で、今は営業中なんだよ、だから今日は一旦引いてくれるかい」
「すみませんでした、店は何時に終わりますか、その頃優里を迎えにきます」
「迎えにって優里ちゃんを連れて行ってもらっちゃ困るね、この場所を貸すから店で話しをしな」
「分かりました、何時に窺えばよろしいでしょうか」
「おばさん、私は陸と話すことはありません」
「優里ちゃん、どんな事情があるか分からないけど、ちゃんと話し合いをしないとね、逃げてばかりじゃ解決しないよ」
おばさんの言う通りだ、でも話し合いも何も、陸に本当のことは言えない、私達は血の繋がりがある兄弟だから結婚出来ないなんて。
「店は八時に終わるけど、片付けがあるから八時半にきてくれるかい」