第三章 驚愕な言葉
「俺は優里が好きだ、はじめて会った時から、いや正確には二年前に付き合っていたんだけど、俺には記憶がない、だから社長に就任して総務部に挨拶に行った時、優里に巡り合って恋に落ちた」
俺は優里の肩を抱いて見つめ合った。
俺と優里はひかれあうように唇を重ねた。
何も解決しないまま、時は流れた。
ある日私は陸の秘書である阿部さんに呼ばれた。
待ち合わせをして、向かった先は陸のお父様が入院している病院だった。
「優里、元気に暮らしておったか」
なんで私は名前で呼ばれたの?
まさかそんなことも聞けず「はい」とだけ答えた。
陸のお父様は私に何の話があるんだろうと皆目分からなかった。
「気持ちを落ち着かせて聞いて欲しい、実は優里はわしの娘なんだ、
そして陸は優里、お前の弟なんだよ」
私は我耳を疑った。
陸が私の弟、そんな……嘘。
陸のお父様は言葉を続けた。
「二年前、陸と優里が結婚を考えていることを知って、わしは愕然とした、陸も優里もわしの大事な子供だ、だから陸にこの事実を伝えた」
「でも、陸は二年前のことは何も覚えていません」
「そうだ、事実を聞かされて、嘘だ、何でだよとわしを散々罵って、暴れて、気を失った、目覚めた時は何も覚えていなかった」
「そんな」
「優里はわしの側においておきたかった、陸の記憶が戻らないなら二人が会うことはないだろうと思っていた、案の定二年間何もおきなかった、社長として陸を迎え入れることも大丈夫だろうと鷹を括っていた、まさかまた陸が優里に惹かれるとは……」
「いえ、陸だけの責任じゃありません、私が陸を食事に誘ったんですから」
陸のお父様は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない」
「なんで母を捨てたんですか」
「捨てたんじゃない、わしは優子にプロポーズしていたんじゃ」
母の名前は森川優子、私は母の一字を貰い優里と名付けられた。
父の話は一度も聞いたことがなかった。
まさかプロポーズされていたなんて……
「じゃあ、どうして母と結婚しなかったんですか」
「優子がわしの前から姿を消したんだ」
「どうして?」
「わしにも分からん」
母はどうして陸のお父様と結婚しなかったんだろう。
プロポーズされていたのに……
「わしは姿を消した優子を必死に探した、しかし見つけることは出来なかった」
「そうだったんですか」
「優里の妊娠を告げられて、二人で喜んでいたのに優子に何があったのか」
陸のお父様はがっくり肩を落とした。
私は不思議と冷静に陸のお父様の話を聞いていた。
取り乱すこともなく、平常心だった。
「優里に辛い思いをさせてしまい申し訳ない、またあの惨劇を目の当たりにすると思ったら、陸に話す勇気がわしにはなかった」
「分かりました、黙って陸の前から姿を消します」
「いや、お前もわしの子供だ、ましてや娘にそんな辛い思いはさせられん」
「じゃあ、どうするんですか」
「陸の前から姿を消すことは変わりないが、わしがお前の全ての責任を持つ」
「どう言うことですか」
「住む場所も就職先もわしが面倒を見る、優里はわしの目が届くところにいて欲しいんだ」
「わかりました」
私はとりあえず同意した。
そして、アパートに戻り、荷物を整理した。
全然平気だと思っていたが、自覚がないまま涙が頬を伝わった。
私、泣いてるの?
母の位牌を見つめ、大きくため息をついた。
お母さん、どうしてお父さんのプロポーズ受けなかったの?
私ね、弟を愛しちゃったよ、そのためにそのことを伝えられた陸は悩んで、悩んで、記憶を失うくらいに悩んで、きっと自己防衛本能が働いて、記憶をリセットしちゃったんだね。
お父さんの言う通り陸にまた同じ思いはさせられない。
私なら大丈夫って思われたのかな。
大丈夫じゃないよ、どうして、どうしてなの。
なんで陸は弟なの?
嘘だよね、嘘って言ってよ、お母さん、何でなの?
私はどうすればいいの?
なんで二度も陸と別れる辛い思いをしなくちゃいけないの。
なんで、なんで、なんでよっ。
私は頭を抱えてうつ伏せの状態で泣き続けた。
その時、スマホが鳴った。
陸からだった。
出ないと心配する。
「はい」
「優里、今仕事終わった、これからアパートに行ってもいいかな」
「ごめん、今友達来てて、今日は泊まるからごめんね」
「そうか、わかった、じゃあ、明日なら大丈夫だよね」
「うん、ごめんね、もう切るね」
スマホを切った、これ以上涙を堪えることは出来なかった。
私は声をあげて泣いた。
散々泣いて、朝を迎えた。
会社には有給を申し入れて休みを取った。
陸のお父様は全ての面倒を見ると言ってくれたが、関わりを絶った方がお互いのためだと自分に言い聞かせて、まずはアパートを引っ越した。
全く私を知らない土地へ行こうと決めた。
もう、東京にはいたくない。
誰にも言わず、一人で引っ越しを進めた。
荷物を最小限にして、北海道へ向かった。
その日の夜、俺は優里が有給を取ったことを知り、スマホに連絡を入れた。
しかし、優里のスマホは電源が入っておらず繋がらなかった。
すぐにアパートへ向かった。
アパートの部屋はがらんとして引っ越しの跡が伺えた。
「どう言うこと」
俺が呆然と立ち尽くしていると、一人の男性が声をかけてきた。
「森川さんなら引っ越しましたよ」
「いつですか」
「昨日です、急なことでこちらもびっくりしています」
「行き先はわかりませんか」
「わかりませんね、会社も辞めて心機一転生活を変えると言ってました」
「会社も辞めた?」
俺は親父の尋常じゃない態度を思い出していた。
優里との結婚を反対していた親父が、まさか優里を追い出したのか。
すぐに親父の病院へ向かった。
親父の病室の前に秘書の阿部の姿があった。
「社長、こんな時間にどうされたのですか」
「お前こそ、どうしたんだ、親父に優里の退職の報告か」
明らかに阿部の顔色が変わったのを感じた。
「社長はなぜご存知なのですか」
「やっぱりそうなのか」
「警備員から連絡が入り、森川さんから大切な書類を受け取ったとのことで、会社に出向きました、受け取った書類が退職届だったため、会長にご報告しようと参りました」
「親父の差金じゃないのか」
「とんでもございません、森川さんの退職は本当に知りませんでした」
「わかった、優里はアパートも解約して行方がわからない状態だ」
「会長に報告致します、社長もご一緒に会長の元にお願いします」
「俺は優里を探す」
そして病院を後にした。
俺の後ろ姿を見送り、阿部は親父の元に急いだ。
「失礼致します」
「なんだ、騒々しい奴だな、何時だと思っているんだ」
「優里様が退職届を提出しました」
「なんだと」
「今しがた、陸様もお見えになっており、陸様の情報によりますとアパートも解約されて行方がわからないそうです」
親父は相当のショックを受けて、血圧が上がってしまった。
「会長、しっかりなさってください、今ナースコール致します」