第ニ章 なにも覚えていない彼

 

いつも私が怒って、陸が謝って、ニッコリ笑顔を見せられて終わる。

 

なんで怒っていたのか分からなくなって、チュっとキスされて私の機嫌が直っちゃうってパターンだった。

 

「駄目です」

 

私はこの流れに乗ってはいけないとはっきり断った。

 

このまま陸との時間が続いたら、もう離れられなくなっちゃうよ。

 

「どうして?」

 

「どうしてって、社長には彼女がいるんですよね」

 

「彼女?いないよ」

 

「えっ、別れたんですか」

 

「いや、初めからいないよ」

どう言う事?私と別れる時、確かに他に好きな人が出来たって言ってたよね。

 

「二年前、当時付き合っていた彼女に好きな女性が出来たからと別れを切り出しましたよね」

 

「二年前?」

 

陸は考え込んでいた。

 

「二年前、彼女いたかな」

 

はあ?私、二年前あなたが振った彼女は私ですけど……

 

喉まで出かかって飲み込んだ。

 

「覚えてない」

 

そしてまたニッコリ微笑んだ。

 

そして、陸の手が伸びて来て、私の手を引き寄せた。

 

うそ!やばいよ、この状況。

 

あっという間に私の唇は陸の唇で塞がれた。

 

陸とキスしてるの、二年振りのキス、もうだめ、もっとって身体が求めてる。

 

そのまま、ベッドに運ばれて、首筋に触れた陸の唇、陸の手が私の胸に触れた。

 

「陸」

 

「優里、すごく可愛い、優里と出会ってまだ二、三日しか経っていないのに、

 

こんなにも惹かれてる俺は変かな」

 

待って、出会って二、三日しか経っていない?二年前に二年間付き合った私達の思い出は全てリセットしたって事?

 

「陸、待って、私の事本当に覚えて無いの?」

 

「優里とは二、三日前にあったのが初めてだよ」

 

「あなたは誰?」

 

「嫌だな、どうしちゃったんだよ、俺は城之内建設の社長、城之内陸だよ」

 

ベッドで身体を重ねている男女が交わす会話じゃないよね。

 

「二年前、あなたは私を振ったの、二年間付き合って、他に好きな女が出来たからと私を振った、忘れちゃったの、陸」

 

「本当に俺?」

 

「そうよ、城之内陸よ」

 

「なんで別れたんだろう」

「だから、他に好きな女が出来たって言ってた、その女と付き合ったんじゃ無いの」

 

「誰だろう」

 

「この二年間何してたの」

 

「何って、別に何もしてない」

 

「ふざけないで」

 

「ふざけてなんかいないよ、おかしいなあ、そんな前に会っていたなら覚えてるはずだし、

 

なんで振ったんだろう」

 

「知らない、私は振られたんだから、私が聞きたいのに」

「じゃあ、今から付き合いを再開するってどう?」

 

「陸、本気で言ってるの」

 

「うん、俺は優里が好きだよ」

 

「陸」

 

私と陸は再び身体を重ねた。

 

白々と夜が明けて朝を迎えた。

 

「陸、朝になっちゃったよ、スーツ同じじゃまずいんじゃないの」

 

「どうして?」

 

「どうしてって」

 

「大丈夫、未成年じゃあるまいし」

 

「だって、陸は社長なんだから、会社が決めた婚約者とかいるんでしょ?」

 

「はあ?何それ、そんなのいないよ」

 

「本当に彼女いないの」

 

「いないよ、優里が大好きだよ」

 

そして陸はニッコリ笑う。

この笑顔が忘れられなくてずっと二年間悩んでいた。

 

まさか、また陸に大好きって言って貰えるなんて夢みたい。

 

でも気になるのは、二年前の事を覚えていない。

 

どうしてなんだろう。

 

「腹減ったな、優里、朝ごはん食べさせて」

 

「今、支度するね」

 

二人で朝食を食べて、会社に行く支度をする。

 

「優里、俺の車で一緒に会社に行こうよ」

 

「えっ、駄目よ」

 

「どうして?」

 

「会社の人に何を言われるか」

 

「言われてもいいじゃん、昨日の夜俺達愛し合ったんだよって言えば」

 

「陸」

 

本当に陸は二年前と変わらない。

 

大丈夫、大丈夫って悩まない。

 

それに引き換え、私はどうしよう、どうしようって悩んでばかりいる。

 

だから、陸の側にいると安心出来た、大丈夫って思えた。

 

私と陸は一緒に会社に向かった。

 

「優里、今晩も優里のアパート行っていい?」

 

「構わないけど、着替えてからの方がいいんじゃないの?」

 

「そうだね、そうするよ」

そしてその夜も陸はマンションに戻ってから私のアパートへ来た。

 

「腹減った、今日のメニューは何」

 

「今日は五目寿司よ、陸、好きだったでしょ」

 

「そうだったっけ、覚えてないな」

 

陸は何も覚えていない、何があったの、この二年の間に……

 

「今日は帰るね、明日の朝早いから」

 

「うん、大丈夫」

 

「夜も打ち合わせあるから、終わったらLINEするよ」

 

「うん」

 

一晩だけなのに陸がいないと思うと寂しい。

 

涙が出て来ちゃった。

 

「優里、泣いてるの?俺がいないと寂しい?」

 

「うん」

 

陸は私を引き寄せ抱きしめた。

 

「優里、可愛い」

 

二年前、別れ話を切り出された時は泣かなかった。

 

どうしてって、分からないけど、でもアパートに帰ってから何も考えられなかった。

 

明日から隣に陸はいない、大好きな陸の隣にいるのは私じゃない、知らない別の女の人。

 

そう思ったら涙が止めともなく溢れて止まらなかった。

 

一晩だけ?もしかしてこれで終わり?一瞬の幸せ?

 

「陸」

 

「優里、どうしたの?」

「これでもう終わりじゃないよね」

 

「何言ってるの、俺と優里はこれからだろう」

 

「だって、二年前、陸に別れ話をされて、すごく嫌だったから」

 

「別れ話?」

 

「あ、なんでもない」

 

感情の赴くままにペラペラと喋ってしまった。

 

陸が忘れているなら、今は私を愛してくれているなら、このまま話さない方がいいかもしれない。

 

なんて私はずるい女なの?

 

でも、それでも陸の愛に溺れたかった、たとえ一瞬でもいいから。

 

私は親友の奈緒子に連絡を取った。

 

一人じゃ寂しい。

 

変なの、二年間一人だったのに、一晩だけなのに陸と一緒にいたら、もう離れられなくなってる。

 

一人でいる事がこんなにも寂しいなんて想像もつかなかった。

 

「奈緒子、ご飯一緒に食べない?」

 

「いいよ、じゃあ、いつものカフェで待ち合わせね」

 

いつも、奈緒子は私の心の隙間を埋めてくれるありがたい親友である。

 

陸と別れて、二年間ずっと一緒にいてくれた。

 

「何、どうかした?」

 

「あのね、昨日社長が私のアパートに泊まったの」

 

「えっ、城之内陸だよね」

 

「なんでフルネームで呼び捨てなの」

 

「だって、私の親友優里を悲しませた奴だから」

 

「ありがとう、いつも私の味方してくれて」

 

「泊まったってどう言うことなの?」

 

「ご飯食べさせてって、そのまま泊まった」

 

「よりを戻したの?」

 

「それが私のこと覚えていないみたいなの」

 

「えっ、それって芝居じゃないの」

 

「わかんないんだよね」

 

「今日はどうしたの?」

 

「明日、早いからマンションに帰るねって」

「そうなんだ」

 

「私、どうしたらいいかな」

 

「優里はどうしたいの?」

 

「陸と一緒にいたいよ、だってずっと望んでいたことだもん」

 

「優里のことを、覚えていないって二年間何があったんだろうね」

 

「うん」

 

奈緒子と食事をして、アパートに着いたのは十時を過ぎていた。

 

陸からLINEが入ってきたのは十一時を過ぎていた。

 

『遅くにごめんね、やっと解放されたよ、明日の朝早いからシャワー浴びてもう寝るね』

 

『お疲れ様、陸、明日は会える?』