第七章 抑えきれない想い
 

でも何も伝えることが出来なかった。

 

その夜、俺はまりえさんのいない空間に違和感を感じていた。

 

なんて静かで寂しいんだ。

 

静寂の中、スマホが鳴り響いた。

 

「真山さん?」

 

「どうしたんですか」

 

「えっと、今日のお見合いの報告しようと思って」

 

「そうですか」

 

「四十五歳のバツイチなの、信じられないよね」

 

「そうですね」

 

「だって、一緒に歩いていても私への気遣いが全くないの、後ろで転んでたらどうしてくれるのって感じ」

 

「それは駄目ですね、男として横に寄り添わないと」

 

「そうだよね」

 

そう言って笑った。

 

「なんか久しぶりだな、笑ったの、真山さんと話してると楽しい」

 

「そうですか、光栄です」

そのあと沈黙が続いた。

 

話すことがないけど切りたくない。

 

「ではまた、おやすみなさい」

 

何か、何か言わなくちゃ、切れちゃう。

 

「あの、明日の天気どうかな」

 

「天気ですか」

 

何言ってるの、私。

 

「ちょっと待ってください、明日は午後から雨ですよ」

 

「雨?」

 

「はい、どこかお出かけですか」

 

別に出かける用事はないけど……

 

「車出しましょうか」

 

「えっ、本当に」

 

「はい」

 

真山さんに会えるの?嘘、本当に?

 

「何時にお迎えに行けばよろしいでしょうか」

 

「それでは十時にお願い」

 

「かしこまりました」

 

でもこれって仕事じゃないよね。

 

お父様との契約は切れているはずだもの。

 

「真山さん、明日の車を出してくれるのって、プライベートだよね」

 

「はい、お父様との契約は切れてますから」

 

「お仕事は大丈夫?」

 

「まりえさんの契約後、仕事は入れていませんので」

 

「それなら一日大丈夫?」

 

「はい、お供いたしますよ」

 

「嬉しい」

 

信じられない、真山さんと一日一緒にいられるなんて、夢みたい。

 

「では明日お迎えにあがります」

 

俺はまりえさんに会いたかった。

 

わかってる、まりえさんはお見合いの相手と結婚することは揺るぎない事実だ。

 

俺なんかが入り込める立場ではないことくらい。

 

でもまりえさんへの気持ちが抑えきれない。

明日のことを考えると眠れず、白々と夜が明けてしまった。

 

俺はまりえさんを迎えに小出家に向かった。

 

玄関で小出氏と挨拶をした。

 

「今日はすまんな、まりえのわがままを聞いてもらって感謝するよ」

 

「いえ、自分がお供しますと言ったんですから……」

 

「よろしく頼むよ」

 

私はウキウキして、支度に時間がかかってしまった。

 

「真山さん、お待たせ」

 

「それでは一日まりえさんをお預かりします」

 

「お父様、行って参ります」

 

「ああ、行っておいで」

 

真山さんは私を助手席にエスコートしてくれた。

 

「まりえさん、シートベルトを閉めてください」

 

「あ、シートベルトね」

 

私はやっぱり出来ずに、真山さんにやってもらおうとお願いした。

 

「やってくれる?」

 

「はい、失礼します」

 

また、真山さんと顔が急接近した。

 

もし、真山さんがキスしてくれたら私は素直に受け入れちゃうだろう。

 

違う、キスしてほしい。

 

でも真山さんはシートベルトをしてくれたら私から離れた。

やっぱり、私からの一方通行の気持ちなんだ。

 

「まりえさん、どうかしましたか?」

 

「あっ、なんでもない」

 

「どちらに行きますか」

 

「ジュエリーショップへ行きたいな、イヤリング見たいの」

 

「代官山に行きましょうか」

 

「うん」

 

車の中で沈黙が続いた、何を話せばいいか分からなかった。

 

そんな沈黙を破ったのは真山さんだった。

 

「お見合いのお話は進んでいるのですか」

 

「この間の方はお断りしたの」

 

「そうですか」

 

えっ、なんか嬉しそうな表情に見えた。

 

俺はまりえさんの言葉に気持ちが高揚していた。

 

なるべく他の男のものになるのが先に伸びればいいと感じていた。

 

自分のものにする選択はないのか。

 

自問自答するも答えは導き出せない。

 

自分の立場を弁えている俺とまりえさんを自分のものにしたい俺が葛藤している。

「駐車場に車を停めて歩きましょうか」

 

「うん」

 

真山さんの提案に頬が緩んだ。

 

しかももっと嬉しいことが起こった、まさかの出来事が……

車を駐車場に停めて、助手席のドアを開けてくれた。

 

車にロックをかける。

 

次の瞬間、真山さんは自分の腕を差し出して「もし、いやじゃなければどうぞ」と言ってくれた。

 

えっ、真山さんと腕を組んで歩くってこと?

 

今まで、いつも私の後ろに少し離れてついてきたのに、今日は私の横に真山さんの姿がある。

 

「ありがとう、ではお言葉に甘えて」

 

私は真山さんと腕を組んで歩いた。

 

真山さんは私より背が高く、見上げる感じだ。

 

私がニッコリ微笑むと、真山さんも笑顔をくれた。

 

心臓がドクンっと跳ねた。

 

お願い、このまま時間が止まって。

 

もう、真山さんから離れたくない。

 

ジュエリーショップが何軒かあって、店に入った。

 

「どっちがいいかな」

 

私が悩んでいると、真山さんが「まりえさんにはこっちがいいと思いますよ、自分はこっちの方が好みです」と、アドバイスをくれた。

 

「それじゃあ、真山さんの好みの方にするね」

 

私の言葉に真山さんは照れ笑いを見せてくれた。

えっ、可愛い、こんな表情もするんだと違う一面を見せられて、ますます好きになってしまった。

 

それからたわいもないおしゃべりに花が咲いた。

 

「まりえさん、気づいていますか」

 

「何に?」

 

「すれ違う人皆んなが、まりえさんに釘付けですよ」

 

「えっ」

 

たしかにすれ違う人達に見られてる気がする。

 

でも、それは私じゃなく真山さんを見てるんだ、あんなにかっこいい人がどうしておばさんを連れて歩いているんだろうって。

 

「まりえさん、どうかしましたか」

 

「あっ、なんでもない」

 

それからまた歩を進めた。

 

お昼に近づくにつれて混雑してきた。

 

私は人の流れにうまく乗れない、人混みに慣れていないのだ。

しっかり真山さんの腕にしがみついていたはずなのに、人混みに流されそうになった。

 

「あっ、真山さん」

 

私の助けを求めた声にいち早く気づいてくれた真山さんは、私の手を握り自分の方に引き寄せてくれた。

 

私の腰をしっかりガードして守ってくれた。

 

鼓動がドンドン早くなって暴れ始めた。

「まりえさん、大丈夫ですか」

 

「うん、大丈夫」

 

「すみません、まりえさんの本意ではないと思いますが、この人混みを抜けるまで我慢してください」

 

真山さんに抱き抱えられていることは、私の望みだよ。

 

そう言いたかった、でも言えなかった。

 

やっと人混みを抜けて、公園のベンチに腰を下ろした。

 

近くに自動販売機があり、私は飲み物を真山さんに頼んだ。

 

俺は頼まれた飲み物を買うため、まりえさんを一人残して、自動販売機に向かった。

 

この時目と鼻の先くらいの距離に油断した。

 

昼間から酒を飲んでいる不労者がまりえさんに近づき絡んできたのだ。

 

「ようよう、姉ちゃん、俺と飲もうぜ」

 

「結構です」

 

「お高く止まってねえで、楽しもうぜ」

 

そう言ってまりえさんの腕を掴んだ。

 

不労者は酔っているためバランスを崩し、まりえさんを押し倒す体勢になったのだ。

 

「いや、助けて、真山さん」

 

俺はまりえさんの助けを呼ぶ声にまりえさんの元に急いだ。

 

「やめろ」