第九章 残念ながら今日はお預けだ、また今度抱いてやる ⑨-2

 

「梨花、しっかりしろ」

 

救急車が到着し、最上総合病院へ搬送した。

 

「外科医の最上だ、救急患者は最上梨花三十九歳だ、急に意識がなくなった」

 

梨花は貧血気味でふらふらすると言っていたが、他に疾患があると言うことか。

 

救急搬送された梨花は、しばらく入院することになった。

 

血液内科に入院することになり、外科医の俺は全く無能な立場になった。

 

内科には俺と同期の内科医がいる。日下部大我だ。

 

「どうなんだ」

 

「お前、結婚したのか」

 

「ああ、そんなことはどうでもいい、梨花をさっさと治せ」

 

「無理言うなよ、内科の病気は繊細なんだよ、外科みたいに野蛮じゃないんだから、急かすな」

 

日下部は集中治療室で梨花を診察した。

 

「安藤の病院へ転院させろ」

 

「安藤?」

 

「あいつは血液内科専門だ」

 

日下部は安藤へ連絡した。

 

「安藤か、日下部だ」

 

「おお、元気か、どうした」

 

「最上梨花さんをお前の病院へ転院させたいんだが大丈夫か」

 

「梨花ちゃん?」

 

「なんだ知ってるのか」

 

「もしかして貧血が悪化したのか」

 

「病状をある程度把握していたのか」

 

「最上に俺が主治医になる旨を伝えたら拒否されたからな」

 

「分かっていたならなぜ早く手を打たなかった」

 

「最上は聞く耳持たなかったんだよ、それにあの時は足の方がやばい状態だったからな」

 

「じゃ、転院の手続きをとる、よろしく頼むよ」

 

そして日下部はスマホを切った。

 

「聞いての通りだ、いいな、お前の奥さんは安藤の病院へ転院させる」

 

「分かった、命に関わることはないよな」

 

「多分な、とにかく検査しないと分からない」

 

そして梨花はまもなく安藤の病院へ転院した。

 

俺は梨花が転院したと同時に忙しくなった。

 

不安はあるが安藤に任せるより他に手立てはなかった。

 

梨花は安藤から説明を受けて入院を受け入れた。

 

俺が全く見舞いに行かない旨を梨花は心配していた。

 

「あのう、最上さんは忙しいんですか」

 

私は最上さんの近況を知りたかった。

純一さんのことで黙って部屋を出てしまって、公園に最上さんが探しにきてくれたと思い込んでるのは私だけなのか。

 

あの後確かめることも出来ずに、意識がなくなった。

 

気づくと安藤さんの病院のベッドに横になっていて、私は入院することになったと聞かされた。

 

「そうだな、今回の梨花ちゃんの病気は最上の専門外だからな、俺に頼るしか方法はないから、任せて貰っている」

 

「でも、ちょっとくらいお見舞いにきてくれてもいいのに」

 

「そうだな」

 

「もしかして、私はもう最上じゃないとか」

 

「えっ、どう言うこと?」

 

「意識を失う前、最上さんと喧嘩しちゃって……」

 

「もしよかったら聞かせてくれる?」

 

私は最上さんと喧嘩した内容を語りはじめた。

 

「私が以前プロポーズされた男性と七年振りに再会して、そのあと「解熱剤を切らしたからくれる」って最上さんの留守に訪ねて来たんです」

 

「ああ、それ、口実だな」

 

「えっ、口実?」

 

「俺もよく使う手だな、それで」

 

「なんか食べさせて欲しいって言うのでお粥を作ってあげたんです」

 

「そこに最上が帰って来たんだ」

 

「はい」

 

「そしたら、最上がヤキモチ妬いたってことか」

 

「ヤキモチ?追いかけたいなら勝手にしろって怒鳴られました」

 

安藤さんは笑っていた。

 

「私、離婚されちゃいますか」

 

「梨花ちゃんがサインしなければ、離婚にはならないから安心して」

 

「でも……」

 

「よし、最上に電話してみるか」

 

安藤さんはスマホで最上さんに電話した。

 

「梨花に何かあったのか」

 

最上さんの慌てた声がスピーカーから聞こえた。

 

「何にもないよ、今、梨花ちゃんと愛を語り合っていたところだ」

 

「違います、ちょっとお話してただけです」

 

「そうか、元気そうでよかった」

 

「最上さん、お見舞いにきてください」

 

「俺は忙しいんだ」

 

私は今まで最上さんに言ったことがない言葉を発した。

 

「お願い、最上さんに会いたいの、ね、お願い」

 

少し間が空いて「わかった、仕事終わったら梨花に会いに行くよ」と言ってくれた。

「本当に来てくれるんですか」

 

私は満面の笑みで答えた。

 

「おい、ちゃんとこいよ、こないと梨花ちゃんは俺が貰っちゃうぞ」

 

「絶対に行くよ」

 

スマホは切れた。

 

「安藤先生、ありがとうございました」

 

「梨花ちゃんにとって、最上が一番の薬だな」

 

「はい」

 

そして、その日の八時くらいに最上さんは病院へきてくれた。

 

私は今か今かと最上さんを待っていた。

 

病室のドアがノックされて、最上さんが姿を現した。

 

「梨花、どうだ、具合は」

 

「最上さん、ここに座って」

 

私はベッドに手をおいて座る場所を示した。

 

最上さんはベッドに腰をおろし、私と目の高さが同じになった。

 

「そんなにじっと見てると金取るぞ」

 

何を言われても全然平気、目の前に最上さんがいるだけで私は幸せだった。

 

もう、あと数センチと唇が近づいた時「おい、ここはホテルじゃないぞ」と安藤さんの声が聞こえた。

 

最上さんは安藤さんの声がする方へ向きを変えた。

 

「バカ言え、何もしてねえよ」

 

「最上、ちょっといいか」

「ああ」

 

最上さんは私の方に振り向きニッコリ微笑んだ。

 

「梨花おとなしくしていろ、またくるからな」

 

「はい」

 

そして最上さんと安藤さんは病室を後にした。

 

俺は安藤の今までにない真剣な表情が気になった。

 

「梨花はやばい病気か」

 

「再生不良性貧血だ」

 

「再生不良性貧血」

「免疫抑制療法を行う、造血幹細胞を攻撃しているリンパ球のはたらきを抑えて血液細胞をつくる機能を回復させる治療法だ」

「そうか、よろしく頼む」

 

「なあ、最上、ちゃんと毎日見舞いにこいよ、忙しいのは分かるが、同じ過ちを繰り返すな、いいな」

 

「ああ、分かったよ」

 

「それから、瑞穂が今更なんだって?」

 

「まだ顔を合わせていないが、梨花に接触したみたいで、俺と寄りを戻したいと言ってたとのことだ」

 

「梨花ちゃんにちゃんと言ったのか、お前の気持ち」

 

「ああ、寄りを戻す気はないし、梨花と離婚する気はないと伝えたよ」

 

「そうじゃないよ、愛してるって梨花ちゃんに言ったか」

 

「言わなくても分かるだろ」

安藤は大きなため息をついた。

 

「全くお前ってやつは、外科医としての腕は一流だが、女の扱いは下手だよな」

 

「うるせえよ」

 

「瑞穂にもちゃんと気持ち伝えろ、避けていても問題解決にはならないぞ」

 

「ああ、そうするよ」

俺は安藤にこんこんと説教されて、仕方なく瑞穂に会うことにした。

 

カルテに連絡先が記載されていたので、連絡をとった。

 

「丈一郎さん、嬉しい、連絡くれるなんて」

 

「梨花から聞いた、俺と話したいんだって」

 

「梨花さんはちゃんと伝えてくれたのね」

 

「梨花は俺の妻だからな」

 

「えっ、丈一郎結婚したの」

 

「ああ」

 

「いつ?この間梨花さんはそんなこと一言も言っていなかったわ」

 

梨花のやつ、ただの患者だと伝えたんだな。

 

「この間婚姻届を出したばかりだが、だいぶ前から一緒に暮らしていた」

 

「そうだったの」

 

「話ってなんだ」

 

俺は分かっていたが敢えて聞いてみた。

 

「丈一郎さんは、梨花さんを愛しているの?」

 

「ああ、梨花を愛している」