ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

 

第一章 なあ、俺と契約を交わせ
 

最上丈一郎は最上総合病院の跡取り息子で天才的外科医である。

 

俺は三十二歳を迎え、父親の最上総合病院医院長、最上権蔵は結婚しろとうるさく言ってくる。

 

「お前、独身を貫き通すつもりか」

 

「そんな事誰も言ってないだろ?めんどくさいんだよ」

 

「今付き合っている彼女とは結婚しないのか」

 

「誰の事言ってるのかな、今付き合っている女はいない」

 

「なんだ、また振られたのか」

 

「あのな、人聞きの悪い事を言わないでくれ、振られたんじゃなくて自然消滅って言ってくれ」

 

「なんかよく分からないが、お前についてきてくれる女性はいないのか」

 

俺はため息をついた。

 

また、その話かよと嫌気がさす。

 

俺は医院長室を出て行った。

 

「おい、話はまだ終わってないぞ」

 

親父の言葉を聞かず、バタンとドアを閉めた。

 

女と言うのは、休みになるとデートしろ、仕事から帰ると話に付き合えと、うるさくて仕方ない。

俺は疲れて帰ってくるのに、勘弁してくれ。

 

そのうち、何も言わずに姿を消す。

 

その繰り返しだ。

 

そんな矢先、足首の骨折で運ばれて来た患者がいた。

 

鶴巻梨花 三十九歳だ。

 

骨折して歩けないのにその患者は大丈夫と診察を拒否した。

 

「私、自力で治しますから治療はしないでください」

 

そう言って、緊急処置室のベッドから立ち上がろうとした。

 

「痛い」

 

「当たり前だ、骨が折れてるのに立ち上がれるわけがないだろう」

 

「大丈夫です」

 

俺はその患者の言葉を無視して、診察を始めた。

 

「CT検査室に運んで」

 

その女の抵抗も虚しく、CT検査室に運んだ。

 

「家族の連絡先を教えろ」

 

「私は一人暮らしなので家族はいません」

 

「そうか、じゃあ、お前に話する、しっかり聞けよ」

 

何、この先生、お前とか、聞けよとか、なんで命令口調なの。

 

「骨折してるから、入院して手術だな」

 

「私は自然治癒で治します、骨は勝手にくっつくし……」

 

「はあ?何言ってるんだ、歩けなくなるぞ、それでもいいのか」

 

「だって……」

 

私は実はお金がない、日々の生活を送るのにギリギリの収入しかないのである。

どう考えても無理。

 

悠長に入院して手術を受けるなんて、どこをどうしたってそんなお金は払えない。

 

「とにかく、私は帰ります」

 

なんだ、この女、なんか訳ありだな。

 

俺は看護師を一旦診察室から追い出した。

 

「おい、外に出ていてくれ」

 

「はい」

 

そしてその女と二人になった。

 

「訳ありだな、話してみろ」

 

その女はしばらく考えていたが、決心したように話始めた。

 

「お金がないんです」

 

「金がない?」

 

「入院して、手術を受けたら、退院の時支払うお金がありません」

 

「男はいないのか、男に払って貰え」

 

「そんな人いません」

 

俺はこの時、いいことを思いついた。

 

「なあ、俺と契約を交わせ」

 

「契約ですか」

 

「お前はこれからこの病院で手術を受ける、俺が執刀医だ、そして全ての費用は俺が出す」

 

「えっ」

 

「その代わり、俺の妻になれ、俺達は契約結婚をする、どうだ、これならお前は手術を受けられるだろ?」

 

「先生のメリットはなんですか」

「俺のメリットは黙って俺の生活スタイルに忠実に従う妻が欲しい」

 

その女は目を丸くした。

 

「いいか、普通に男女が付き合って結婚するとわがままが出る、俺が疲れて帰って来ても話相手をしろだの、休みにデートしろだのうるさくて仕方ねえ、でも契約なら俺の生活スタイルに忠実に従って貰う事が出来るだろ」

 

「あのう、それならずっと一人でいればいいんじゃないですか」

 

「あのな、俺は親父に結婚を急かされてる、だから結婚しないといけないんだ」

 

「そう言う事ですか」

 

「お前に取ってこんないい話はないだろう、ただで最高の治療が受けられるんだからな」

 

「それはそうですけど……」

「お前は俺の指示に従っていればいい、簡単だろ」

 

その女はしばらく考えていたが、俺の話に頷いた。

 

「そのお話をお受けします」

 

「そうか、決まりだな」

 

「契約結婚ですよね、ただの契約の関係ですよね」

 

「そうだ、何が言いたい」

 

「だから、夜はベッドは別ですよね」

「ああ、でもどうしても抱いて欲しいなら、抱いてやっても構わないぞ」

 

「結構です、こちらからお断りします」

 

全く、なんなのこの人、これじゃ誰も着いてこないのは当たり前だよね。

 

私はこのままじゃ、ずっと一人寂しく人生を終えることになっちゃうから、契約でもいいから結婚したほうがいいかもしれないと思った。

 

それにとにかくこの骨折を治さないと、どうすることも出来ない。

 

「あのう、先生の名前教えてください、私は鶴巻梨花です」

 

「俺は最上丈一郎だ」

 

えっ、最上って、先生のお父さんってこの病院の医院長?

 

「先生、先生はこの病院を将来継ぐんですか」

 

「そうだ、梨花は将来医院長夫人だな」

 

「私に務まりますか」

「どうかな、わかんねえな、梨花がどんな女かまだ分からないからな」

 

「それなのに、プロポーズしたんですか」

 

「プロポーズ?俺達は契約結婚だ、忘れるな」

 

分かってます、なんなの?本当に契約上の妻だけ欲しいんだ。

 

私にだって夢はある。

好きな男性にプロポーズされて、結婚して、毎日「いってらっしゃい」そしてキスして、

 

「ただいま」「お帰りなさい」そしてキス。

 

私は唇を尖らせて最上さんに近づいた。

 

「おい、なんの真似だ」

 

「えっ」

 

「そう言う面倒な事が嫌だからお前と契約したんだ、勘弁してくれ」

 

「ごめんなさい」

 

「なんだ、素直なところもあるんだな」

 

私は恥ずかしくなって俯いた。

 

「じゃ、契約成立だな」

 

私は入院して手術を受けることになった。

 

それからまもなくして退院の許可が降りた。

 

「もう退院して構わない、明日退院の手続きを済ませておく、お前は手配しておくタクシーで俺のマンションへ迎え」

 

「私、一人ですか」

 

「当たり前だ、俺は仕事があるからな、退院の手続きもタクシーの手配も済ませておくからありがたいと思え」

 

「私、いま、最上さんの婚約者ですよね、婚約者が退院する日位、お休み取ってくれてもいいのに……」

 

「はあ?何を甘えた事言ってるんだ、俺達は契約の関係だ、自分の立場を弁えろ」

もう、こんなに冷たい人だとは思いもしなかった。

 

契約するんじゃなかったな。

 

でも駄目だ、私、お金払えない。

 

会計は全て最上さんが済ませてくれた。

 

退院の日、タクシーを手配してくれて、私は一人で最上さんのマンションへ向かった。

 

私が住んでいたアパートから荷物を運び、解約の手続きをしてくれたのも最上さんだった。

 

私はまだ、松葉杖を使っていないと歩く事が出来なかった。

 

退院の日も最上さんは姿を見せず、一人寂しく退院した。

 

タクシーが最上さんのマンションへ到着すると、マンションのコンシェルジュが出迎えてくれた。

 

「最上様の婚約者の鶴巻梨花様ですね、私、当マンションのコンシェルジュ、佐々木と申します、何なりとお申し付けくださいませ」

 

「ご丁寧にありがとうございます、鶴巻梨花と申します、よろしくお願いします」

 

「既に梨花様のお荷物は届いております」

 

「ありがとうございます」

 

「お部屋までご案内致します」

 

そして佐々木さんが案内してくれた。

凄いタワーマンション、エレベーターは最上階まで上がって行った。

 

「大丈夫でございますか」

 

「はい、最上さんにもう少し、佐々木さんくらいの優しさがあってもいいのに……」

 

そして、エレベーターのドアが開いた。

 

松葉杖を使うのは初めての事で、戸惑っていると、ドアの外に立っていた男性に怒鳴られた。

 

「本当に鈍臭いな、梨花は」

 

私はえっと聞き慣れた声に、最上さんだと確信した。

 

顔を上げると、やはり最上さんが立っていた。

 

私は想像もしていなかった最上さんの姿に呆然と立ち尽くしていた。

 

「いつまで突っ立ってるんだ、佐々木が出られないだろう」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

そして慌ててエレベーターから降りようとした時、松葉杖がエレベーターのドアの溝にはまって、倒れそうになった。

 

「きゃっ」

 

最上さんは咄嗟に私を抱き抱えてくれた。

 

「おい、また病院へ逆戻りしたいのか」

 

「ごめんなさい」

倒れた松葉杖を拾って私に渡してくれた。

 

「全く世話が焼けるな」

最上さんは佐々木さんから荷物を受け取り、私を部屋に案内してくれた。

 

「早くしろ」

 

「無理です、そんなに早く歩けません」

 

でも、嬉しかった、だって休みは取れないなんて言ってたのに、先回りしてマンションで待っていてくれたんだもん。

 

最上さん、優しいところもあるんだとちょっと見直した。

 

最上さんは、部屋のドアを開けると、荷物を部屋まで運び「仕事に戻る」そう言って、出口に向かった。

 

「あれ、休み取ってくれたんじゃなかったんですか」

 

「お前の退院如きに大切な有給使えるか」

 

私は頬を膨らませて最上さんを睨んだ。

 

「そんな可愛い顔しても駄目だ、午後から手術があるからな」

 

可愛い顔に反応して恥ずかしくなって下を向いた。

 

最上さんは私に近づいて、私を抱き上げた。

 

「きゃっ」

 

そしてベッドの部屋に歩を進めた。

 

私をベッドに下ろして最上さんの顔が急接近した。

 

えっ、キスされるの?

 

私は咄嗟に目を閉じた。

 

次の瞬間、おでこにデコピンされた。