ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第九章 後ろめたい気持ち
 

亜紀に嘘をついて、愛理お嬢さんとデートして、しかもキスされちまうなんて、

 

そんな俺の態度に愛理お嬢さんは泣き始めた。

 

全く、俺は女の涙に弱いのが弱点だ。

 

「大きな声を出して済まなかった、もう泣かないでくれ」

 

愛理お嬢さんは俺の胸に顔を埋めて俺の背中に手を回した。

 

そんな状況に俺はなすがままになってしまった。

 

それから俺は愛理お嬢さんと別れて、亜紀の待つマンションへ向かった。

 

すごく後ろめたい気分で、マンションへ向かう足取りも重かった。

 

このまま、亜紀を抱き寄せるなんて出来ない。

 

やはり全てを打ち明けなければと決心した。

 

しかし、部屋に入ると、亜紀はニッコリ微笑んで出迎えてくれた。

 

もう愛理お嬢さんとは会わなければいいんだ。

 

わざわざ事を荒立てる必要がどこにある。

 

悪魔の囁きが俺をその気にさせてしまった。

 

「亜紀、ただいま、今日は一人にして悪かったな」

 

「大丈夫ですよ、お友達との付き合いも大切ですから」

 

「理解してもらえて助かるよ」

こんな状態で、亜紀とベッドを共に出来ない。

 

俺は疲れたからと別の部屋で寝てくれるように頼んだ。

 

「わかりました、ゆっくり休んでください」

 

亜紀はそう言って俺の申し出を快く承諾してくれた。

 

それからしばらくして、俺は健に胸ぐらを掴まれて会社の会議室へ引っ張って行かれた。

 

「なんなんだよ、いきなり」

 

「全く心当たりないのか」

 

「だからなんのことだ」

 

健は一冊の週刊誌を俺の前に叩きつけた。

 

「理樹、お前亜紀をどうするつもりだ、愛理ちゃんと繋がっていたんだな」

 

俺は目の前の週刊誌の記事を見て愕然とした。

 

『東條ホールディングス社長東條理樹氏と上部コーポレーションご令嬢上部愛理様の熱愛、結婚間近』

 

写真付きで掲載されていた。

 

これはあの時の……

 

そう言うことか、俺はまんまと愛理お嬢さんの策略にはまったと気づいた。

 

「健、これは罠だ」

 

「愛理ちゃんがお前をはめたとでも言うつもりか」

 

「ああ、そうだ」

 

俺は急に亜紀のことが気になった。

嘘をついて会っていた事をどう説明する?

 

まさか、この記事を鵜呑みにはしないだろうと思っていたが、俺は亜紀の元へ急いだ。

 

「悪い、健、後のことは頼む」

 

「おい、理樹」

 

俺はマンションへ着くと部屋へ入った。

 

綺麗に片付けられた部屋を目の当たりにして愕然とした。

亜紀、まさか。

 

すぐにスマホから亜紀に連絡を試みる。

 

電源が切ってある、そしてリビングのテーブルの上の週刊誌が目に止まった。

 

亜紀はこの記事を見て、出て行ったと言うことか。

 

何故だ、亜紀、何故俺を信用出来ないんだ。

 

私は理樹さんを信用出来なかったわけではなかった。

 

理樹さんは東條ホールディングス社長、そして、東條財閥の御曹司である。

 

父とおじ様の事が私の誤解だとわかっても、私が理樹さんの産まれた時からの許嫁だったとしても、やはり年上の冴えないアラフォーが妻だなんて、世間が納得しないだろう。

 

上部コーポレーションご令嬢は若くて、可愛くて、理樹さんと釣り合う女性だ。

 

仕事上でも二人が結婚する事が一番いいに決まってる。

 

世の中には釣り合う相手がちゃんといる。

 

高望みや背伸びしちゃいけない。

 

理樹さんの気持ちは痛いほど伝わっている。

 

私を愛してくれている。

 

でも、私さえいなければ、理樹さんは上部コーポレーションご令嬢と結婚して順風満帆な人生を歩むはずだった。

 

あのニューヨークでの出会いがなければ……

 

「亜紀」

 

私が振り向くとそこには健さんが立っていた。

 

「どうしたの?こんなところで、その荷物、どこかに旅行?」

 

「あ、はい」

 

多分健さんは全てお見通しなんだろうな。

 

「誰と行くの?理樹は知ってるの?」

 

「それは……」

 

「もしかして、家出かな?理樹が浮気でもした?」

 

「理樹さんに限ってそんな事しません」

 

「そうか、ならいいけど……」

 

「あの、私失礼します」

 

「週刊誌の記事の事が気になってるのかな」

 

私は俯いて答えられなかった。

 

「亜紀はわかりやすいな」

 

「違います、理樹さんの側にいるのは私じゃなかっただけです」

「僕のマンションに来る?」

 

「いえ、これからニューヨーク行くんです、あっ、あのそうじゃなくて……」

 

「そうなんだ、ニューヨークか」

 

「失礼します」

 

私はしまったと言う表情を露わにしてしまった。

 

行き先バレちゃったな。

 

私はもうチケットも取ったので予定通りニューヨークへ旅立った。

 

その頃、俺は必死に亜紀の行方を探していた。

 

そんな俺の様子にただ事ではないと、健は亜紀の情報をくれた。

 

「亜紀、どうかしたのか」

 

「行方をくらました」

 

「旅行行ったんだろ、僕、亜紀と会ったよ」

 

「それはいつのことだ、どこであったんだ」

 

「理樹の側にいるのは私じゃなかったって言ってた」

 

「どうしてだよ」

 

しばらく考えていた健は口を開いた。

 

「ニューヨークだよ、ニューヨークに行くって言ってた」

 

「ニューヨーク?」

 

俺は健に礼を言って、会社の事を頼み、ニューヨークへ飛んだ。

 

その頃、私はまだ日本にいた。

 

そんな私の前に現れたのが、刈谷秀だった。

ニューヨークに旅立つ前に私を振った元彼だ。

 

「亜紀?亜紀だよな」

 

「秀」

 

「元気だったか」

 

私は項垂れて首を横に振った。

 

「どうしたんだよ」

 

「秀」

 

気が緩んだのか涙が溢れて止まらなかった。

 

「亜紀」

 

秀は私の手を引き寄せ抱きしめた。

 

二年間付き合っていたが、秀の前で取り乱したことはなかった。

 

もちろん、涙も見せた事がない。

 

秀の急な振る舞いに戸惑いを隠せなかった。

 

「何があったんだ、亜紀の涙をはじめて見たよ」

 

「ごめんなさい、何でもないの」

 

秀はよりギュッと私を抱きしめた。

 

「秀?私は大丈夫だから離して、痛いよ」

 

「あっごめん」

 

しばらく沈黙の後、秀は口を開いた。

 

「一緒に食事でもしないか」

 

「でも、彼女と一緒でしょ?」

 

「別れたんだ」

 

その言葉を聞いた時、こんなに短期間の人と付き合う為に、私があんなに嫌な思いをしたなんて、納得がいかなかった。

 

でも秀は私には既に魅力を感じなくなったから別れを選んだんだ。

どっちにしろ私と秀は別れる運命だったと思い返した。

 

秀は優しい人だから、私の突然の涙を見て、抱きしめてくれたんだろう。

 

そう思っていたら、秀の口からとんでもない言葉を聞く事になるなんて予想もつかなかった。

 

「亜紀、俺達やり直さないか?」

 

「えっ?」

 

私は想像もつかない展開に戸惑ってしまった。

 

「ごめんなさい、私、好きな人がいるの、プロポーズされたから結婚しようと思ってる」

 

嘘ついてしまった。

 

好きな人が出来たのは本当だけど、プロポーズされたなんて多分私の勘違いだ。

 

「そうか、わかった、でも、何かあったら相談位は乗るから連絡してくれ、連絡先変わってないから」

 

「ありがとう」

 

秀の優しさについ気が緩んで、涙が溢れて来た。

 

「亜紀、どうしたんだ」

 

秀は私の手を引き寄せ抱きしめた。

 

秀との二年間が走馬灯の様に蘇る。

 

秀と出会ったのはコンビニの前。

 

私と入れ替わりに店から出て来た秀が財布を落とした。

 

その財布を拾って秀に声をかけたのが始まりだった。

「あのう、財布落としましたよ」

 

秀は振り向き、私をじっと見つめた。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

私の差し出した手から財布を受け取った。

 

秀は財布を拾って貰ったお礼にと食事に誘ってくれた。

 

それから付き合いが始まった。

 

私も秀も奥手で、しばらくの間はプラトニックな関係が続いた。

 

ある日、秀の住んでいるマンションに誘われた。

 

いよいよそう言う関係になるのかなと、未知の世界に期待と不安が交差した。

私は恋愛イコール結婚と言う考えで、結婚するまでははじめては捧げないと、ずっと思っていた。

 

秀はどんな考えなんだろうと興味が湧いた。

 

でも、秀のマンションでくっついて一緒にDVD を鑑賞しただけで終わった。

 

それから着かず、離れずの関係が二年続き、私は振られた。

 

抱きしめられて、はっきりわかった、私は理樹さんが好きと。

 

「亜紀、旅行でも行くのか?」

 

私が引いていたキャリーバックを見て秀は尋ねた。

 

「あ、うん、これからニューヨークへ行くの」