ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

私は彼の名前を呟いた。

やっぱり、思っていたほどの気持ちの昂りは感じられなかったのかな。

 

慶は若いし、もっと情熱的な方が好みなのかな?

 

私じゃ慶を満足させられないんだ、きっと。

 

私は落ち込む気持ちをどうする事も出来ずにいた。

 

俺はキスだけで昂る気持ちを収めることは出来ずにいた。

 

いや、ずっとこのままと願ってはいたが、美鈴の感じてるであろう表情、気持ちが昂っていると思われる声、そして何より俺の名前を囁く唇、俺の高鳴る鼓動は止まることを忘れていた。

 

美鈴は本当に俺を心の底から求めていてくれたのだろうか。

 

俺はある男に連絡を取った。

 

精神科医の都築光三十歳。俺の兄貴だ。

 

戸倉家の長男なのに、さっさと医者になると宣言して家を出て行った。

 

都築総合病院の娘と結婚して都築の姓を名乗っている。

 

「兄貴、久しぶり、慶だけど」

 

「おお、久しぶりだな、お前結婚したんだってな」

 

「うん、入籍だけ」

 

「式はあげないのか?」

 

「そのうちな、親父の具合が良くないんだ」

 

「そうか、親父も年だからな」

 

兄貴と連絡取るのは久しぶりだった。

 

兄貴は家出同然だったからだ。

 

「ちょっと兄貴に精神科医として相談があるんだ」

 

「お前、具合悪いのか?」

 

「俺じゃないよ」

 

「かみさんか」

 

「ああ」

 

「いつからだ」

 

「十五年前から……」

 

「そうか、中々精神科の病は難しいからな」

 

「美鈴が二十五歳の時、未遂だったが襲われそうになったんだ」

 

兄貴は黙って俺の話に耳を傾けていた。

 

「ずっと男性との付き合いから遠ざかっていたらしい、俺は美鈴と二十年振りに再会した時、事件のことは知らずにいた、初めて美鈴を抱きしめた時、思いっきり拒絶されて、俺は美鈴の過去に何があったのか調べて、事件のことを知ったんだ」

 

「おい、お前美鈴ちゃんと五歳の時会っていたのか?」

 

「ああ、俺は五歳の時から美鈴と結婚したいと思っていたんだ」

 

「結婚してから夫婦生活はどうなんだ」

 

「ずっと寝室は別だった」

 

「今もか」

 

「いや、昨夜はじめてベッドを共にした」

 

「それなら問題ないじゃないか」

 

「一瞬美鈴の苦痛な表情が気になり、初めてだからなのかと美鈴に聞いたら、美鈴は頷いたから、その時は気にも止めなかったんだが、もし我慢していたのなら、この先俺の誘いに嫌気がさすんじゃないかと不安になったんだ」

 

「そう言うことか」

 

「それに俺の名前を必要以上に口にしていた事も気になったし……」

 

「本人に会ってみないとわからないが、多分無意識のうちに拒絶反応が出る場合も考えられる、美鈴ちゃんは目の前にいる相手を愛している相手と自分に言い聞かせていたのかもしれない」

 

「そうか、俺は美鈴を目の前にしたら、求めちゃいそうで、我慢出来ないかもしれない」

 

「お前な、中学生じゃあるまいし、しっかりしろよ」

 

「わかった、ありがとうな」

 

俺は兄貴とスマホを切った。

 

私は慶さんの帰りを今かいまかと待ち焦がれていた。

 

初めて慶さんに抱きしめられた時、思い出したくない記憶が鮮明に脳裏を覆った。

 

目の前の慶さんと思い出したくない相手が重なった。

そして身体が拒否反応を示して、慶さんを拒絶していた。

 

でも、昨夜は美香との事、そして真莉さんとの事があって、ヤキモチを焼いた。

 

絶対に慶さんを取られたくないと強く思った。

 

だから、慶さんの名前を必要以上に口にして、嫌な記憶が甦らないようにした。

 

でも一瞬表情を歪ませてしまった。

 

我慢しないと、もし離婚されたら父の会社は倒産してしまう。

 

我慢、違う、気持ちは慶さんを求めているのに、身体は拒否反応をしてしまう。

 

私は自分の気持ちと慶さんの妻の責任の狭間で苦しんでいた。

 

「美鈴、ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

「着替えて、シャワー浴びてくるから、飯頼むな」

 

「はい」

 

俺はすぐにでも美鈴を抱きしめたい気持ちを封印した。

 

美鈴に嫌われたくない。

 

「今日は疲れた、寝室別に頼む」

 

「わかりました」

 

俺は美鈴とベッドを共にして我慢出来るとは思えなかった。

 

それに美鈴もきっとほっとしているだろうと勝手に思い込んでいた。

そんな俺の気持ちとは裏腹に、美鈴は俺に嫌われたと感じていた、美鈴がそんな風に思っていたなど知る由もなかった。

 

俺はベッドに入っても中々寝つけずにいた。

しばらく時間が経った頃、俺の寝室のドアがノックされた。

 

えっ?美鈴?どうかしたのか。

 

時計を見ると深夜十二時を回っていた。

 

「慶さん、もうおやすみになりましたか」

 

俺は急いでドアを開けた。

 

「美鈴、どうかしたのか?」

 

「あのう」

 

美鈴は目にいっぱいの涙を浮かべて俺を見つめた。

 

「どうしたんだ」

 

美鈴は涙声で話し始めた。

 

「昨日はごめんなさい、慶さんを大好きなのにギュッと抱きしめて欲しいのに、その先はどうしても思い出したくない記憶が脳裏を掠めて、慶さんの名前をいっぱい声にしたら慶さんの事だけで頭がいっぱいになると思っていたのに……」

 

美鈴は泣きながら一生懸命言葉を繋いでいた。

 

「美鈴、もういいから、俺が悪かった」

 

「慶さんは何も悪くないです、私が……」

俺は美鈴の言葉を遮り、美鈴を引き寄せ抱きしめた。ギュッと……

 

「慶さん」

 

俺は自分の気持ちばかり優先して、美鈴の気持ちを考えられなかった。

 

抱きしめたいから引き寄せる、我慢出来ないから引き離す。

 

美鈴の気持ちを考えずに、えっ、美鈴は俺を大好きって言ってくれたよな。

 

「美鈴、ほんと?」

 

「はい、反省しています、だから私を嫌いにならないでください、私、慶さんに嫌われたら……」

 

「そうじゃなくて、俺を大好きって……」

 

「あの、その、こんな私に大好きって言われてご迷惑かもしれませんが……」

 

俺は美鈴をギュッと抱きしめた。

 

「もう一回言って?俺を大好きって」

 

「慶さんが大好きです」

 

俺は美鈴のおでこにキスをした。

 

「慶さん」

 

「ん?」

 

美鈴は俺の頬にキスをしてくれた。

 

少しずつ氷が溶けて行くように美鈴の気持ちが俺に向いて行く様子を感じた。

 

気持ちと共に身体も……

 

そんな矢先の出来事だった。

 

この間の週刊誌の記者が美鈴の十五年前の未遂事件の記事を掲載したのだ。