ラヴ KISS MY 書籍
第三章 信じられない愛
「自信はないけど美鈴は俺にとって運命の人だから絶対に俺を好きになるよ」
私にとって結婚は不安しかなかった。なぜなら二十五歳の夏、あんな事が起きなければ、私は人並みの幸せを手に入れていたかもしれない。
それから男性とは身体を重ねることが出来ない。
お付き合いして、関係が進むとあの時の事が脳裏を掠める。
父親は、私を心配するのではなく、恥ずかしいと、私と関わり合うことを避けていた。
血の繋がりがある妹ばかりを可愛がっていた。
出来ることなら一人暮らしをしたかったが、父親は稼いで親孝行しろと、一人暮らしを許さなかった。
今回の戸倉さんの申し出は、私にとって待ちに待った父親から離れるチャンスと思った。
でも、戸倉さんと結婚だなんて。
俺は美鈴と食事に出かけた。
美鈴の俺に向けられた笑顔に無理があることは感じ取る事が出来た。
「美鈴、早速だけど、今度の日曜日俺のマンションに引っ越してこないか」
「えっ?日曜日ですか」
美鈴は驚いた表情を見せた。
「日曜日は都合悪い?」
「いえ、大丈夫です、ちょっと急だったから」
「じゃあ、引っ越しは日曜日で、荷物まとめておいてくれ」
「あのう、寝室は別にって言ってくださった事ですが……」
「一緒にしてくれって?」
「違います」
「そんなに力強く言わなくても、なんかショックだな」
俺はわざとしょぼんとした態度を見せた。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」
「うそ、うそ、何か提案でもあるの?」
「そうじゃなくて、ずっとダメかもしれません」
美鈴は申し訳なさそうに声が小さくなっていった。
「いいよ、それでも」
美鈴は戸惑いを隠せなかった。
「俺は美鈴と結婚したい、共に生活を送り歳を重ねていきたいんだ、だから美鈴は俺の側にいて俺だけ見ててくれればいいよ」
「それじゃ、戸倉さんには彼女がいるってことですか」
「彼女?」
「あのう、そう言うことする相手です」
美鈴の口からそんな言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった。
「そう言う事ってセックスのこと?」
俺には他に性的欲求を満たす相手がいるから、美鈴とはあくまで契約上の夫婦でって思ってると考えたのか。
「そんな相手はいないよ」
「それじゃあ、どうするんですか?」
「美鈴を抱きたい」
美鈴は急に立ち上がり、俺に背を向けた。
「美鈴、待って」
俺はあの時の失敗を繰り返さない様に、美鈴には触れずに彼女の前に立ち塞がった。
「ごめん、でもちゃんと最後まで俺の話を聞いてくれ、座って」
俺の言葉に美鈴は椅子に腰を下ろした。
「美鈴を抱きたいって、襲っちゃうとかそう言う事じゃなくて、ちゃんと美鈴とデートして美鈴の気持ちを確かめながらって事だから」
美鈴は俯いて俺の話を聞いてくれていた。
「もちろん、美鈴がその気になるまで待つよ」
「わかりました」
でもこの時美鈴は納得していなかった。
私は戸倉さんの彼女はどんな人だろうと興味があった。
それはなにを意味するのか、彼のことを考えている時間が多くなった、つまり彼に惹かれ始めていた。
引っ越しの日、戸倉さんは手伝いに来てくれた。
「おはようございます」
「戸倉さん、いつもと違って年齢より若く見えますよ」
そう言って微笑んだのは母である。
「スーツ着てるとなんとか年齢相応に見えるんですが、ラフな格好だとガキに見られて困っています」
「そうなんですか」
母は戸倉さんとは気さくに話せるらしく、始終笑顔が絶えなかった。
それに引き換え父は、戸倉さんには低姿勢で、すごく気を遣っていた。
「わざわざ申し訳ありません、折角のお休みなのに」
「大丈夫です、美鈴さんは二階ですか」
「はい」
「二階へよろしいでしょうか」
「おい、美鈴、戸倉さんがお見えになったぞ、早く下りてこい」
「大丈夫です、自分が上がっていきますので」
戸倉さんは私が下りてくるよりも早くトントンと軽快に二階へ上がって来た。
そこに美香が部屋から出て来て戸倉さんに挨拶していた。
「戸倉さん、この間はありがとうございました、また相談に乗ってくださいね」
「美香ちゃん、全然大丈夫だからまた、連絡してね」
「はい、よろしくお願いします」
美香は私と違って積極的なのである。
ある意味羨ましいとずっと思っていた。
でも、この状態って私は何のために戸倉さんと結婚するの、戸倉さんは何のメリットもないよね。
美香と結婚した方がいいに決まってる。
「美鈴?何から運ぶ?」
「あっ、えっと、これをお願いします」
そして荷物を全て運び終えて、戸倉さんは両親に挨拶をした。
「美鈴さんを頂きます、幸せにしますのでご安心ください」
「よろしくお願いします」
両親は深々と頭を下げた。
「美鈴、行こう」
戸倉さんの車に乗り込み、二十年以上お世話になった家を後にした。
私は助手席に座り、大きなため息をついた。
「なあ美鈴、明日休み貰ったから婚姻届一緒に提出しに行こう」
「あっ、はい」
「明日から美鈴は俺の妻だ」
俺の妻だと言われて、なんかくすぐったい気持ちになった。