
たたずまいに似合わない、非常に喧しい店を出て、隣へ逃げ込む。
ここは多分静かであろう
「お手紙カフェ」。
「お手紙カフェ」。
コツコツ、と階を上る。
店のはいりぎわに写真を、と思ったら前につんのめってしまった。扉のあるべきところになかったからだ。
扉は全開になっていて、薄いサーモンピンクの布がふわーと風に舞っていた。
いわば暖簾に腕押し、状態。
店のはいりぎわに写真を、と思ったら前につんのめってしまった。扉のあるべきところになかったからだ。
扉は全開になっていて、薄いサーモンピンクの布がふわーと風に舞っていた。
いわば暖簾に腕押し、状態。
そんなわけでドア越しに一枚撮影、というのはならなかった。
お客は私ひとり。あまりにも静寂。


・・・何となく、写真もとりにくい。後ろから見られているような気がする・・・。
店内には、葉書類、切手類、文房具類・・・がある。
売られているものもあるし、自分の机上においてあるものもある(貸してくれるのであろう。)。
売られているものもあるし、自分の机上においてあるものもある(貸してくれるのであろう。)。
実は私は、日頃から住所録と万年筆に近い書き味の三菱シグノ数本、と、
葉書の一枚と切手数枚はいつも持ち歩いている。
葉書の一枚と切手数枚はいつも持ち歩いている。
道具がなくて書けない、というよりは、
書く場がない、時間がない、書く気がない、ということで書かない人間のようである。
書く場がない、時間がない、書く気がない、ということで書かない人間のようである。
葉書一枚と、ステッドラーの色鉛筆2本、を買ってみた。
あと、飲み物も注文した。
あと、飲み物も注文した。
葉書は、秋の野に葉っぱがじゅうたんのようにさーーっと敷かれているもの。
これで誰に書こうか。
あ、3月までともに職場でご一緒した、エルダー爺様に書こう。
あ、3月までともに職場でご一緒した、エルダー爺様に書こう。
そう思ってアドレスを開き、書き出しを考えた。
・・・しかし、こんなわびさびた秋の夕暮れのような葉書を御年80歳余の爺様に送るのはどうか。
なんだか寂しい気分になってしまう。
これはせいぜい75歳位までのほうがいいんじゃないかなあー。
もっと楽しそうな葉書のほうがいいんじゃないかなあー。

そう思ったらなんとなくためらわれ、文房具を広げたまま、持ってきた文庫本を読み
お茶をひとりで楽しんでしばし過ごすことにした。
なんだか寂しい気分になってしまう。
これはせいぜい75歳位までのほうがいいんじゃないかなあー。
もっと楽しそうな葉書のほうがいいんじゃないかなあー。

そう思ったらなんとなくためらわれ、文房具を広げたまま、持ってきた文庫本を読み
お茶をひとりで楽しんでしばし過ごすことにした。
・・・そろそろ次に行こう。
なんだか目的をあまり達せずに、「ただ居た」ということにぼんやりと呵責の念を感じつつ席をたった。
お金を払うときふとみたら、書棚に「犬丸りん」さんの著書があった。
お金を払うときふとみたら、書棚に「犬丸りん」さんの著書があった。
・・・これを読めばよかったのに。今頃気づくなんてなあ・・・
ちょっとトホホ感が増した状態で、岡崎の京都市美術館に向った。