気がついたら100歳になっていて、こんなに長く生きたのかとちょっとびっくりしている、といいます。

 ”100歳の100の知恵”(2018年4月 中央公論新社刊 吉沢 久子著)を読みました。

 今年3月に亡くなった100歳の生活評論家が、伝え残す古くて新しい暮らしの知恵100を紹介しています。

 自分の足で立ちたい一心で仕事を始めたのが15歳のときで、出版社の事務の仕事について後に速記者になりました。

 戦後は仕事をしながら栄養学校に通い料理の科学を勉強し、その後、結婚してからも仕事はずっと続けていました。

 当時は女性は「嫁」という立場で朝から晩までひたすら家族に尽くすことが美徳とされましたが、もっと自分らしく生きたいと思いそのための道をいろいろ模索したそうです。

 効率のいい家事の方法はないかと追求しているうちに、家事評論家・吉沢久子が誕生しました。

 吉沢久子さんは1918年東京都江東区深川生まれ、文化学院文科を卒業し、事務員、速記者などを経て、文芸評論家の古谷綱武の秘書を務め、これをきっかけに1951年に結婚しました。

 秘書時代は文化学院、東京栄養学院、東京学院に学びました。

 家庭生活の中からの見聞や、折々の暮らしの問題点、食文化などについて提案し、執筆や講演活動を行い、ラジオ、テレビなどでも活躍しました。

 1969年に家事評論家廃業宣言をして話題となりました。

 姑、夫と死別したのち、65歳からは一人暮らしで30年を超えるそうです。

 2018年1月に100歳を迎えました。

 家庭の暮らしを見続けて85年、実際の生活のなかから、毎日を楽しく、しあわせに暮らすコツを伝えています。

 自分が便利だと思って実践してきたことを書き、多くの人に喜んでもらえたのは大きな励みとなったそうです。

 たとえば1960年代には、次々と発売される新しい電化製品をテストし、使い勝手などを自分で試しました。

 ときにはメーカーから依頼され、発売前にさまざまなテストをしたこともあるそうです。

 1970年代の高度成長期には、食品添加物などについて調べたり、家計をどう管理するかといったことを提案したりしました。

 1980年代になると、仕事をする女性が増えてきましたので、忙しい人にも無理なく作れ、しかも栄養のバランスもとれる料理を紹介しました。

 テレビの料理番組にもかかわり、さまざまな料理人から料理のヒントも学び、自分でも簡単でおいしい料理を工夫しました。

 収納や整理整頓術に関しても、実際に自分で試しつつ、これはいいと思ったことは伝えてきたといいます。

 やってきた仕事は、つねに日々の暮らしに密着したことばかりで、どんな小さな仕事であっても一つひとつの仕事を丁寧に、全力で取り組もうと心に決めてそうしてきました。

 40代から60代にかけては、毎日、追われるように忙しかったそうです。

 家事と仕事、介護も加わり、毎日どう生活を回すか、知恵をしぼって工夫せざるをえなませんでした。

 同時に、いかに気持ちを安定させ、幸福感を得るかといった心の問題も重要な課題でした。

 79歳の時に、新聞に”吉沢久子の老いじたく考”の連載を始めました。

 ひとり暮らしも長くなり、高齢になるといろいろな不自由が増えてきます。

 それをマイナスに考えるのではなく、残りの人生をどのように豊かに、明るく過ごすかを書くことで、しっかり自分の老いと向き合えたそうです。

 振り返ってみると、15歳から100歳までの間、戦争中の一時期を除きずっと仕事をしてきました。

 生活を楽しみ、仕事を続けているうちに、知らない間にこの歳になっていたといいます。

 ヒント1は、とっておきの食器は自分のために使いたい、です。

 若い頃から気に入ったものを集めていて、なかには作家ものの陶器や漆器など高価なものもあります。

 あるときふっと、あと何回お気に入りの食器で料理をいただけるか、と思ったそうです。

 そこで、しまいこんでいた食器をすべて出してきて、ふだん使いすることにしました。

 万が一、割れても、モノには寿命があると思えばいいですし、使わないまま眠っていることのほうがよほどもったいないです。

 気に入った器に、好きなおかずを盛って食卓に置くと、それだけで食べなれたものもいっそうおいしく感じられます。

 それに、器を手に入れたときの情景もふっと蘇ったりして楽しいです。

 器ひとつで、たとえささやかな食事でも贅沢な時間になります。

 残りの時間、好きなものに囲まれて、豊かな気持ちで過ごしたいです。

 ヒント100は、人のやることに口出しをしない、です。

 人は人、自分は自分、人は一人ひとり違う価値観や感性を持っているのですから、自分と違っていて当たり前です。

 ですから意見や考え方が違っても、この人はこういう考え方をするのだと思い、見過ごしていればいいです。

 そう思っているからこそ、かえって人に対してわりとやさしくできるのではないかという気もします。

 日常生活や仕事のなかで人と意見がぶつかっても、自分にとって絶対に譲れないものではないのなら、我慢して相手を受け入れます。

 ただし、自分の価値観からここだけは譲れないというときは、イヤなものはイヤという態度を貫きます。

 ふだん、なんでもかんでも自分のやりたい放題、我を通すのは、単なるワガママです。

 ほとんどのことは見過ごして、ここぞというときに自分を通すのです。

 それが、人と摩擦を起こさず、それでいて自分らしさを失わずに生きるためのコツかもしれません。

 第1章は、ご機嫌でいるためには、まずはじめに自分をもてなす、です。

 毎日機嫌よく暮らすには、自分をもてなすことも必要です。

 人は生きていれば、さまざまな不如意と向き合わざるをえません。
 だからこそ、毎日の暮らしのなかで自分を大切に扱い、自分を癒すことが大事なのではないでしょうか。

 第2章は、今も昔も簡素に、清潔にがモットー、実践できる家事のコツ、です。

 家事を効率よくこなしたら、女性はもっと自由な時間を手に入れることができます。

 それが、女性の人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。

 第3章は、いくつになってもおいしいものが好き、味との出会いが人生の財産に、です。

 出歩く機会が減ってきて、一番幸せを感じるのはおいしいものを食べているときです。

 これはおいしいと思ったものは家庭でも簡単に作れるようアレンジを加え、仕事と家庭を両立させるためできるだけ効率的な料理も自分なりに工夫してきました。

 第4章は、生きていることが楽しくなる秘訣があります、です。

 不満グセがついて思考がネガティブな方向に行ってしまうと、人は幸せになれません。

 毎日の暮らしのなかで、いかに楽しいこと、小さな幸せを見つけるかが大切です。

 第5章は、自分らしく生きるために「しないこと」、です。

 100歳まで比較的いつもご機嫌に過ごすことができたのは、自分らしく生きるという思いを持ち続けていたからかもしれません。

 しないこと十訓は、いわば幸せになるための十訓と言ってもいいかもしれません。

 振り返ると、いろいろなことがあった100年です。

 自分かどんな道をたどってきたのか、それをこれからいろいろ考えてみるのも、いいなと思っています。

 とにかく、一所懸命生きているだけで精いっぱいです。

 あっという間に一日が過ぎてしまいます。

 そんな毎日ですが、ささやかな幸せを大事にし、これからも一日一日、丁寧に生きていきたいと思います。

第1章 100歳、快適な暮らしの極意ーまず自分をもてなす/第2章 家事は簡単で清潔がいちばん/第3章 伝えたいおいしいもの・新しいレシピ/第4章 楽しくほがらかに生きるには/第5章 「私のしないこと十訓」

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