祭りで、神様にお供えする食べもの=神饌は、日本の神社や神棚に供えられ、御饌=みけあるいは御贄=みにえとも呼ばれるます。
“神饌-供えるこころ-奈良大和路の祭りと人”(2018年3月 淡交社刊 写真・野本暉房/文・倉橋みどり)を読みました。
奈良県内各地の神社の祭礼で神前に献じられる神さまへのお供え物=神饌の、いろいろなすがた・かたちを多数の写真と文章で紹介しています。
奈良大和路に残る祭りでは、それぞれに特色のある食べものを神饌とし、独特な作法でお供えするところが少なくありません。
そこには大和の祭事の歴史と魅力はもちろん、その土地の方々の祭りに対する思いが色濃く感じられます。
野本暉房さんは1940年大阪府生まれ、一般企業に勤務の傍ら趣味で写真を始め、1968年頃から各種コンテストに応募し、アサヒカメラ年度賞、シュピーゲル賞など、受賞・入選多数あります。
2000年より写真家として奈良大和の風景、祭事の撮影に専念し、独特の視点と優れた取材力による魅力的な写真作品で注目を集めています。
2010年に入江泰吉賞(日本経済新聞社賞)を受賞、日本写真家協会(JPS)会員、奈良民俗文化研究所研究員です。
倉橋みどりさんは1966年山口県生まれ、山口女子大学国文科卒業、地域文化誌『あかい奈良』の編集長を経て、奈良きたまちのアトリエ「踏花舎」を拠点に雑誌・新聞での企画・執筆を手がけました。
また、奈良の文化や歴史を発信する「NPO法人文化創造アルカ」の代表として講座やイベントを実施し、入江泰吉旧居コーディネーター、武庫川女子大学非常勤講師を務めています。
NPO法人文化創造アルカは、2012年11月法人として認可され、これまで軽視されがちだった近代・現代を中心に、奈良の歴史や文化などの魅力を掘り下げています。
そして、日本文化全体の理解を深め、ともに考え、さらには記録として未来へ伝えていくために、勉強会・講演会などの催しと出版活動などを行っています。
今回、その神饌をテ~マに選び、どのような神饌が供えられるのかを中心に、地元での神饌の準備が整うまでの様子や、祭りでの人々の表情などを合わせて紹介しています。
一年の節目に行われる日本の祭は神事と祭礼から成りたち、神事の際にはその土地の人々が特別な恩恵を享受した食物を神饌として捧げ、神迎えを行ってきました。
捧げられる神饌は主食の米に加え、酒、海の幸、山の幸、その季節に採れる旬の食物、地域の名産、祭神と所縁のあるものなどが選ばれてきました。
儀式終了後に捧げたものを共に食することにより、神との一体感を持ち、加護と恩恵を得ようする直会=なおらいとよばれる儀式が行われます。
現在では、1871年に打ち出された祭式次第に準拠した生饌と呼ばれる、素材そのものを献供する丸物神饌が一般的になりました。
それ以前には熟饌とよばれる、調理や加工を行った、日常生活における食文化の影響が伺えるものも神饌として献供されていました。
そして、一部の神社では伝統に則ってこの形式の神饌の献供が引き継がれており、これらの神饌は他の地域に見られない特徴を有することから、特殊神饌とも呼ばれまっす。
特殊神饌の献供を行う神社は全国各地に存在しますが、奈良県内の代表的な例として、
奈良市の春日大社春日祭「御棚神饌」「八種神饌=やくさのしんせん」と率川神社三枝祭、桜井市の談山神社嘉吉祭「百味の御食=ひゃくみのおんじき」
などが挙げられます。
神饌の調製は竃殿=へついどの(春日大社)、大炊殿=おおいどの(賀茂御祖神社)など、専用の建物がある社はそこで調製を行います。
あるいは、特別の施設を持たない社では社務所などを注連縄を用いて外界と分かち、精進潔斎した神職や氏子の手で作られます。
火は忌火が用いられ、唾液や息などが神饌にかからないよう、口元を白紙で覆う場合もあります。
また、近親者に不幸があった者は調製に携わることが許されないなど、調製には細心の注意が払われます。
春日大社で行われる春日祭などの勅祭では、明治以前には宮中から大膳が参向し、御物の調製にあたりました。
1884年の明治天皇の旧儀復興の命で神饌は特殊神饌に戻されましたが、調製は春日大社の神職の手で行われています。
祭事、民俗行事の取材をしていていると、神事の初めに上げられる神饌にまず目を引かれます。
神饌について、神社庁などで定める基準があるのか調べても、これでなければならないというものはないようで、それぞれの神社の故実や伝承によって行なわれています。
本書は、神社庁の公認のものはなく、学術的なものでもなく、著者がおもしろいと興味を待ったものを中心にまとめている、といいます。
奈良大和の祭事、神饌などはどちらかというと、静かでおとなしめの感がありまが、丁重さは他より感じられるものがたくさんあります。
また、本来の食べ物を中心とした神饌だけでなく、おもてなしの演出とも言える、舞、唄、火、水なども含めて取り上げました。
神様には元来私欲のお願いごとをするというものではなく、荒ぶる神を鎮める、国土、民の安寧を祈るというものだと言われます。
今年もおかげさまで野山の幸も海川の幸も得ることができましたと、神様にその報告と感謝をし、捧げるのが神饌だと思われます。
同じことならその容器などにも飾りや化粧をして、演出もすればより喜んで頂けるだろうとのおもてなしの気持ちで、凝ったものが作られてきたのでしょう。
由緒や謂れを尋ねても、民俗行事などでは、大方は昔からそうしてきたようだし、意味はわからん、との答えが多いです。
民俗伝承とはそういうものでもあり、それがまた興味津々なのです。
どうしても目を引く神饌を取り上げることになり、祭礼の日に特殊神饌など目を引く神饌に興味を感じます。
しかし、多くの神社では毎朝に「日供」と呼ばれる神饌を上げおり、神饌の基本とも言えるもので見落としてはなりません。
こうした祭事や神饌などは、日本人の精神文化の形成に影響を与えてきた大きな要因であったのではないでしょうか。
近代化激しい時代で祭事も簡素化省略化される傾向がないでもありませんが、こうした文化の伝承は続いて欲しいと願います。
第1章 神饌の色色/第2章 神饌のかたちの不思議/第3章 いのちを供える/第4章 舞を供える、音を添える/第5章 火を供える、水を供える/第6章 神饌ができるまで/第7章 直会のよろこび
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