インターネットは、世界中にある複数のネットワークを相互に接続することで構築された巨大なネットワークです。
便利な機能として、
Webサービス、電子メール、映像/音楽の配信、情報の共有や公開、情報検索システム、オンラインショッピング、インターネット電話、離れた場所のコンピューターの遠隔操作
などがあげられます。
いまやPC中心の時代からスマホ中心の時代に移行しつつあり、ネットは日常的なプラットフォームとなっています。
”さようならインターネット まもなく消えるその「輪郭」について”(2016年10月 中央公論新社刊 家入 一真著)を読みました。
インターネットは、社会、経済、文化、時間、家、あらゆるものをつなぎ変化させましたが、いまその輪郭は消失し閉ざされつつあるといいます。
家入一真さんは1978年福岡生まれ、中学時代にいじめによる引きこもり、登校拒否を経て中退しました。
そして、画家を目指し油絵を学ぶも、親の交通事故など家庭の事情で断念し、22歳でpaperboy&co.を起業しました。
JASDAQ市場最年少で上場し、その後、退任し、40社ほどのスタートアップベンチャーへの投資を行いました。
そして、BASEやCAMPFIREの創業、都内で多数のカフェの立ち上げ、現代の駆け込み寺リバ邸の立ち上げなどをしています。
サーバー事業やプラットフォーム事業、さらに都知事選まで、インターネットと共に人生を歩んできて、その世界に別れを告げ、やってくる未来の姿を考えています。
インターネットなんて、ハサミのようにあたりまえに存在するもので、わざわざ賞賛する価値があるような対象ではないと考える20歳の若者がいた、といいます。
しかし、著者にとってのインターネットは、10代半ばの引きこもりのさなかに光を与えてくれた大きな存在でした。
そこから紆余曲折を経て、インターネットにかかかる会社を設立し20代で上場を果たした後も、やはりインターネットを通じてたくさんの人とつながりました。
そして、飲食店やシェアハウスなどを手がけ、ネット選挙解禁後には、それをフル活用して都知事選を戦い、ネットとともにその人生を進んできました。
インターネットはやはり無限の可能性を秘めた世界であり、ときには見たことのないようなものを生み出してきました。
そして、ときには中央集権的な構造にとらわれていた、いろいろなものを私たちの手に取り戻してくれる、無条件に賞賛される存在でした。
しかし若者は、FacebookもTwitterも必要ない、LINEさえあればいい、というのです。
つながりたい人とだけちゃんとつながっていれば、それ以上は必要ないのです。
著者は20歳の時の経験から、インターネットの向こうには想像できないくらい大きな世界が広がっていて、つながり始めていました。
そして、その世界こそが、これからの時代、自己表現や発信の中心となるに違いないと強い興奮を覚えました。
現在、世界はさらに大きくつながり続け、結果として、目前の若者はむしろ小さな世界にこそ、大きな価値を見出していたのです。
著者は最近になって、そういった実際の姿が見えていない人だちとのつながりが、いったいどれだけの価値を持ちうるのか、どこかで疑問にも感じ始めていた、といいます。
つながりすぎたせいなのか、伝えたいと思ってもいないような人にまでメッセージは容易に届いてしまい、想定をしていないような反発をもらうことも増えました。
では、インターネットと私たちはどこへ向かうのでしょうか。
今現在あらためて考えてみれば、インターネット上だろうと、現実の世界で大きな声を持つ人がやはり発信力を持っています。
そして、行きすぎたつながりは、お互いを見張っているような居心地の悪さや炎上をどこかしこで引き起こすようになりました。
さらに、常時接続や無線回線が当然となり、スマートフォンの登場、そしてIoTの流れもあり、インターネットにつながっているかどうかを、自覚しなくなってしまいました。
その結果として、インターネットそのものの姿はほとんど見えなくなったのかもしれません。
そして見えなくなって、インターネットがその輪郭を失った今、弱い人たちやマイノリティにとって、逃げ場のない、むしろ息苦しい世界になりつつあると感じています。
これから起こる変化や可能性を否定するつもりはありませんが、インターネットと私たちにどんな未来がやってくるか、ということについては大いに関心があります。
インターネットと半生を歩んで見てきた景色、もしくは新しく見えてきた景色をここで整理し、その姿を浮かび上がらせてみたいといいます。
だから今こそ、消えかけたインターネットの輪郭を取り戻す旅へと出かけませんか。
はじめに
インターネットが「ハサミ」?/小さな世界の大きな価値/じゃあインターネットとぼくらはどこへ向かうんだろう
前章 インターネットが消える前に
インターネットという言葉の意味が変わった/無意識のネット接続/輪郭を失うことによるリスク/インターネットは最初に儀式を失った/そして「輪郭」を失ったインターネット
第1章 やさしかったその世界─ユーザーからプラットフォーマーになるまで
ぼくは確かにインターネットに救われた/やさしかった小さな世界/つながりたいことの可視化/「破壊の道具」や「逃げ込める先」としての期待/爆発し始めた自己表現/現実世界を侵食するインターネット/信じるに足る世界は確かに存在した
第2章 さよならインターネット─その輪郭を喪失するまで
「Web2・0」で決壊が始まった/ギークのためのインターネットの終わり/現実と同じ「つながり」をもたらすSNS/「Web2・0」の向こう側に姿を現したもの/即物的で現実的な期待の中で/ソーシャルゲームに参入しなかった理由
第3章 輪郭が失われた世界─まだそこは信頼に足るものだったのか
終わりの始まり/クラウドファンディングという光/輪郭が溶けたことによるポジティブな側面/「個人」の再発見/政治とインターネット/そして余る「時間」/インターネットの輪郭をつかまえる
第4章 インターネットは「社会」の何を変えたか
インターネットは何を変えて、変えなかったのか
社会 インターネットの世界はむしろ縮小している/祭りの場すら閉ざされる/インターネットに怯える人々/警備員だらけの相互監視社会/パノプティコン化したインターネット/シェア、フラット、フリー
文化 あふれる表現者と不足する鑑賞者/無理強いされた表現としての「批評」/「欲しがらない名無しさん」から「欲しがる名無しさん」へ/かつての「匿名性」は奥ゆかしさをもたらしてくれた/目出し帽を被る覚悟
経済 インターネットがポジティブな変化をもたらした分野/激減したコミュニケーション・コストがもたらしたこと/進む「CtoC」と「シェア」/コピーできるものにお金は集まらない/お金に生まれた新しい価値/善意も炎上する
第5章 インターネットは「私たち」の何を変えたか
時間 誰もが別の時間を歩み始めた/細切れになった時間/常に「オン」の弊害
空間 不幸な伝言ゲームが蔓延した/あえて伝言ゲームをしたがる人たちの登場/サードプレイスの登場
人 人の価値はポイントで決まる/「装置」になりたい人/人は「概念」にもなれる/あなたの友達はネットが選ぶ/変わる家族の意味
第6章 ぼくらはインターネットの輪郭を取り戻せるのだろうか
インターネットの輪郭を取り戻すということ/分断された世界の外へ向かおう/エクスターネット的/Six degrees の外に行こう/世界を強制的に変えてみよう/書店に行こう/プラットフォーマーになろう
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