カザフスタン共和国は、中央アジアとヨーロッパにまたがる共和制国家で、首都はアスタナ、最大都市はアルマトイです。
ロシア連邦、中華人民共和国、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタンと国境を接し、カスピ海、アラル海に面しています。
”カザフスタン”(2006年9月 白水社刊 カトリーヌ・プジョル著/平山智彦・須田将訳)を読みました。
ユーラシアの中心に広大な国土を擁するカザフスタンの、風土・歴史・政治・経済・外交を紹介しています。
カザフスタンは世界第9位の広大国土面積を有し、同時に世界最大の内陸国でもあります。
国土の大部分は砂漠や乾燥したステップで、地形は中国国境やアルタイ山脈を含むカザフ高原、中部のカザフステップ、西部のカスピ海沿岸低地の3つに分類されます。
著者のカトリーヌ・プジョル女史は、フランスの国立東洋言語文明学院の教授です。
フランス国立東洋言語文明学院は、パリにある研究機関、高等教育機関で、略称、INALC=イナルコと言い、国立東洋言語文化大学と訳されることもあります。
西ヨーロッパ起源以外の言語と文明について、研究および教育を行っています。
フランスの教育法では、大学とは別の特別高等教育機関の一つで、バカロレアを取得すれば誰でも入学でき、位置付けは大学と全く同等となっています。
宇山智彦さんは1967年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退、日本の中央アジア地域研究者、歴史学者、政治学者です。
現在、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授を務めています。
須田将さんは1975年生まれ、上智大学外国語学部卒業、同大学院外国語研究科博士前期課程修了、執筆当時、北海道大学大学院文学研究科博士後期課程在籍中でした。
カザフスタンは、面積272万4900平方キロ、人口1760万人です。
民族はカザフ系65.52%、ロシア系21.47%が多く、ほかにウズベク系、ウクライナ系、ウイグル系、タタール系、ドイツ系などで構成されています。
言語はカザフ語が国語で、ロシア語は公用語となっています。
宗教はイスラーム教70.2%、ロシア正教26.3%が多く、ほかは仏教、無宗教などです。
14世紀頃まで現在のカザフ人とほぼ同じ人種的特徴と、カザフ語とよく似た言語が定着しました。
15世紀後半 遊牧ウズベク国家から分離し、キプチャク草原に勢力を拡大し、カザフ・ハン国が成立しました。
18世紀初にジュンガルとの戦いの中でカザフ人の一体性の意識が明確化し、大ジュズ、中ジュズ、小ジュズの3つの部族連合体に分裂しました。
1730年代にカザフの支配層の一部がロシア皇帝に臣従し、18世紀中頃には清朝にも朝貢しました。
1820年代まで、ロシア帝国が南部を除くカザフスタンを直接支配下に収めました。
1837年から1847年までケネサルの対ロシア反乱が起こり、1850年から1860年代までカザフスタン南部がロシア帝国に併合され、カザフスタン全域がロシア支配下になりました。
1920年にはロシア連邦共和国の一部として、カザフ自治ソビエト社会主義共和国が成立し、首都はオレンブルグとなりました。
1925年に首都をオレンブルグからクズィルオルダに移し、国名をカザフ自治ソビエト社会主義共和国に変更しました。
1929年に首都をアルマティに移転し、1936年にソ連邦を構成するカザフ・ソビエト社会主義共和国に昇格しました。
1986年にはカザフ人共産党第一書記コナエフ解任に抗議するデモ、アルマ・アタ事件が起こり、内務省軍と警察による弾圧がありました。
1990年にナザルバエフ大統領は就任し、共和国主権宣言を行い国名をカザフスタン共和国に変更しました。
1991年に共和国独立を宣言し、首都をアルマティからアクモラ、現アスタナに移転しました。
数千年のあいだ、境界の不明確な領域に広がっていたカザフスタンは、遊牧という特徴とテュルク語の独占権の喪失と引き換えに、近い過去において地歩を確立しました。
ソ連時代がカザフスタンの現在の形を生み、以前からの大変化を完結させました。
幾度かの手直しを経て、カザフ共和国を生んだ領域画定の政策は、ソ連中央のシステムヘの統合における新たな層をなしました。
ソ連の指導者たちは真の断絶をもたらし、連邦の他の部分に統合するために中央アジア的な特徴を衰弱させました。
スターリンの抑圧政策は、憲法制定、イスラーム法と慣習法アーダトの禁止、世俗化の法的な断絶と、金の流れの中央管理、集団化という経済分野での断絶を伴いました。
ソヴェト民族政策による遺産をそのままの形で引き継いだカザフスタン共和国の政治的・法的・心理的な枠組みは、まだ確立されるに至っていません。
カザフスタンは、国内情勢・国際情勢が同国に可能性を与えた場合には、成果をあげることのできる切り札を持っています。
有用かつ貴重な一次資源が豊富で、有能な労働力と犠牲に慣れた住民、技術と政治の革新に適応できる能力のある行動的な若年層を持っています。
グローバルな観点からみると、陸の孤島からの脱却作戦か成功すれば中央アジア各共和国の国内状況が安定を維持されます。
そして、アフガニスタンが再建された場合、カザフスタンは大陸横断交易に欠けていた鎖の輪となり、ユーラシア大陸の軸としてその歴史的役割を再び見出すであろう。
カザフスタンは、ロシア人とカザフ人という明確に区別される民族があります。
また、無神論から生き残った正教とシャーマニズムによって消化されたイスラームという2つの異なる文化システムを内包しています。
そのため、カザフスタンはアジア的東洋と西洋の真の融合体となっています。
カザフ人は一方では、影響力があり信頼できる西洋の寄与を求め、他方では、その再建はおそらく幻である征服された遊牧世界に根を下ろす、アジア的な遺産を持っています。
両者のあいだで引き裂かれたアイデンティティが提示する歴史的方程式を、カザフ入は解くことかできるに違いありません。
序 領域から共和国へ
第1部 カザフ空間とユーラシア
第1章カザフ人登場以前のカザフ空間/第2章多様性の少ない遊牧世界-諸オルダ/第3章ロシアによる征服と植民地化
第2部 ソヴェト・カザフスタン
第1章1917年の革命-時系列的概略/第2章スターリン時代/第3章ソヴェト空間への統合-フルシチョフからブレジネフまでの経済と文化/4章主権の主張-ペレストロイカから1991年まで
第3部 脆弱な巨人-ポスト・ソ連の移行から再構成へ
第1章独立以降の政治状況/第2章新しいパートナーたちに向けた開放-国際的均衡のなかでのカザフスタン/第3章深い変化を遂げつつある文化と社会