ほとけごはんという言葉は、古くインドで生まれた仏教にはないとのことです。
”料理僧が教える ほとけごはん”(2014年1月 中央公論新社刊 青江 覚峰著)を読みました。
アメリカでMBA取得後にお寺を継いだ異色の料理僧による、法話と料理の十二ヵ月のエッセイです。
2000年を超える歴史の中で多くの人が苦悩しながら食と向きあってきた積み重ねがあり、それを著者が解釈してまとめあげたといいます。
青江覚峰さんは1977年東京・台東区生まれ、本郷高等学校を経て、カリフォルニア州立大学フレズノ校にてMBAを取得した浄土真宗東本願寺派の僧です。
緑泉寺の住職で、法名は”釈覚峰”です。
2003年に超党派で集うインターネット寺院”彼岸寺”を立ち上げ、暗闇での食育イベント”暗闇ごはん”、暗闇での地域再生企画”暗闇の旅路”などを主催しています。
お寺の家に生まれたものの、お寺を継ぐのが嫌で海外に逃げ出し、アメリカで経営学を学び、授業の一環として企業のコンサルティングなどをしていたそうです。
しかし、9.11テロに遭遇して価値観が大きく揺らぎ、お金を稼ぐということが果たして人生で唯一最大の目的なのだろうか、という疑問を持ったそうです。
日本へ帰ってから、まず仏教の説話集を片っ端から読んだとのこと。
すっかりその世界に引き込まれ、気がついたときには、通っていた仏教の学校にあった説話集をすべて読み終わっていたといいます。
そして、悪の世界にも救いをもたらす仏様の教え、慈悲というものをもっとしっかり知りたい、他の人にも知ってほしいと思うようになりました。
本書は、サブタイトルに、食べる法話十二ヵ月とあり、法話と料理で十二ヵ月をたどり、食を考える仏教と料理のエッセイです。
緑泉寺は初代覺春法師が越前の国より江戸に下り、1615年に本郷湯島に湯島山緑泉寺として興したことにより始まりました。
著者は料理僧と称し、緑泉寺で住職をしながら料理を通じて仏教を伝える活動をしています。
仏教は文字どおり仏様の教えであり、よりよく生きるための智慧を示唆してくれます。
一日の生活、一生の暮らし、すべての瞬間で光り輝く、仏縁の教えが現代に伝わっています。
食という、誰の日常にもありふれた、心と体に馴染んだ行為にも、仏教の教えがちりばめられています。
けれども、私たちが体を維持するためだけに食べるのであれば、そこで思考は停止してしまいます。
行為が当然のものであればあるほど、そこに疑問を投げかけ、謙虚に食と向かい合う心構えが必要です。
仏教とは教えられて知るものではなく、自ら問いを持ち考えることを大切にしている教えなのです。
ほとけごはんでは、何かのお経や説話に記されていたものではなく、著者が食と向き合い、自分自身と向き合い、仏教の教えと向き合って考え、つくりだしたものです。
一月から始まり十二月で終わる各節は、各々の旬の料理(菜)、もてなし(饗)、お菓子(甘)の三部で構成されています。
旬の料理とお菓子の簡単なつくり方も紹介しています。
肉を食べない、魚を食べない、にんにくを食べないというのは正しい精進料理ですが、ルールを決めて守ることだけに固執するのであれば、思考は停止してしまします。
想定されていない海外の食材などと出会ったら、たちまち途方に暮れてしまうでしょう。
ただ盲目的に他人の意見に従うのは、仏教的な生き方とは言えません。
この本を通して、命である食と向き合い、仏様の教えを感じ、一人ひとりのほとけごはんに出会ってほしいとのことです。
氷解の章
一月 菜 暗闇で人参を食べ比べる/精進出汁/三種の人参の炊合せ 饗 はじめての方をもてなすとき 甘 まさに「醍醐味」そのもの、嶺岡豆腐/嶺岡豆腐
二月 菜 耳で音を、鼻で香りをつかまえながら大豆を炒る/大豆の甘辛煮 饗 冬の突然の来客には乾物づくしを 甘 蕨の「毒」を抜く先人の知恵/わらび餅
三月 菜 芽吹いたばかりの菜の花への感謝/菜の花の昆布メめ 饗 種々の思いを忘れて別れの宴をともに 甘 桜餅の先人観にとらわれない/桜餅(関西風)
薫風の章
四月 菜 誕生仏に注ぐ甘茶で煮るさっまいも/さっまいもの甘茶煮 饗 食べもので繋がるお花見の縁 甘 花見団子を頬張りながら/花見団子
五月 菜 そら豆と枝豆の食べ比べで季節の移ろいを感じる/そら豆豆腐・枝豆豆腐 饗 食文化も三社祭と同じく融和して 甘 紫陽花は小さな花の集まりだから美しい/紫陽花
六月 菜 大切な人の心が宿る梅干し/梅干し 饗 吉日を選びすぎて縁を逃さずに 甘 手塩にかけた梅の甘露煮は味も格別/青梅のかき氷
四月 菜 誕生仏に注ぐ甘茶で煮るさっまいも/さっまいもの甘茶煮 饗 食べもので繋がるお花見の縁 甘 花見団子を頬張りながら/花見団子
五月 菜 そら豆と枝豆の食べ比べで季節の移ろいを感じる/そら豆豆腐・枝豆豆腐 饗 食文化も三社祭と同じく融和して 甘 紫陽花は小さな花の集まりだから美しい/紫陽花
六月 菜 大切な人の心が宿る梅干し/梅干し 饗 吉日を選びすぎて縁を逃さずに 甘 手塩にかけた梅の甘露煮は味も格別/青梅のかき氷
流水の章
七月 菜 すべてを食べざる、茄子遊び/茄子遊び 饗 忙しいお盆は精進シチューで乗り切る 甘 くずきりに合う蜜はどれ?/くずきリ
八月 菜 とうもろこしという万能選手に感謝/とうもろこしのすりながし 饗 涼しさを全身で感じていただく夏のおもてなし 甘 冷やしあめで貪欲を払う/冷やしあめ
九月 菜 こちらとあちらを繋ぐ彼岸寿司/彼岸寿司 饗 市場で季節を知り、句の味を楽しむ 甘 おばあさんの笑顔とおはぎの味/おはぎ
七月 菜 すべてを食べざる、茄子遊び/茄子遊び 饗 忙しいお盆は精進シチューで乗り切る 甘 くずきりに合う蜜はどれ?/くずきリ
八月 菜 とうもろこしという万能選手に感謝/とうもろこしのすりながし 饗 涼しさを全身で感じていただく夏のおもてなし 甘 冷やしあめで貪欲を払う/冷やしあめ
九月 菜 こちらとあちらを繋ぐ彼岸寿司/彼岸寿司 饗 市場で季節を知り、句の味を楽しむ 甘 おばあさんの笑顔とおはぎの味/おはぎ
落葉の章
十月 菜 死を考えながらきのこを食べる/きのこの焼きびたし 饗 後世に伝えるよう道具に気を向ける 甘 指さす彼方に栗の満月/満月
十一月 菜 報恩講で小豆を食べながら親鸞聖人を偲ぶ/小豆の味噌汁 饗 先祖を偲んで集まるという日本人の美徳 甘 小さな命にも意識を向けてつくる栗の甘露煮/栗の甘露煮
十二月 菜 すべての残り物をいただく、飛龍頭椀/飛龍頭無明椀 饗 その日が今生の別れと思い、人と会う 甘 大掃除の〆めに黒豆汁粉/黒豆のお汁粉
十月 菜 死を考えながらきのこを食べる/きのこの焼きびたし 饗 後世に伝えるよう道具に気を向ける 甘 指さす彼方に栗の満月/満月
十一月 菜 報恩講で小豆を食べながら親鸞聖人を偲ぶ/小豆の味噌汁 饗 先祖を偲んで集まるという日本人の美徳 甘 小さな命にも意識を向けてつくる栗の甘露煮/栗の甘露煮
十二月 菜 すべての残り物をいただく、飛龍頭椀/飛龍頭無明椀 饗 その日が今生の別れと思い、人と会う 甘 大掃除の〆めに黒豆汁粉/黒豆のお汁粉