テュルクとはトルコを指しており、トルコ語のテュルクにあたる言葉として、日本語ではトルコという形が江戸時代以来使われてきました。
しばしばオスマン帝国においてトルコ語を母語とした人々を意味し、現在ではトルコ共和国のトルコ人を限定して指す場合が多いようです。
”テュルクを知るための61章”(2016年8月 明石書店刊 小松 久男編著)を読みました。
ユーラシア大陸を舞台に歴史上活躍してきたテュルク民族について、起源、言語、文学、世界史上で果たした役割や日本とのかかわりなどを紹介しています。
テュルク地区では、トルコ語、アゼルバイジャン語、タタール語、トルクメン語、ウズベク語、カザフ語、キルギス語、ウイグル語、ヤクート語などが使われ、話し手は約1億人です。
地域はバルカン半島から東シベリアまで、広大な地域に分布しています。
本書のテュルクの範囲は、中央アジア,中国の新疆 ウイグル自治区,シベリアに広く分布しています。
編著者の小松久男さんは1951年東京生まれ、1969年豊多摩高校卒業、1974年東京教育大学文学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科東洋史学専門課程博士課程中退しました。
1980年から東海大学文学部専任講師、助教授、1992年から東京外国語大学助教授、1995年から東京大学大学院人文社会系研究科助教授、教授、2012年から東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授を務めています。
広範囲に及んでいることから、執筆者は多数となっています。
テュルクとされる人々がみな、自分はテュルクの一員だと考えているわけではありません。
現代においては個別の民族や集団あるいは宗教への帰属意識がまさり、とくにテュルクというアイデンティティを意識しないことがむしろ普通です。
巨大な同族の存在を喚起する汎テュルク主義にしても、その発現には近代のさまざまな条件が作用しており、主張する者や時代と地域によって方向性も多様でした。
テュルクという認識は、過去数世紀末のテュルク諸民族の言語や文化、文学、歴史に関する研究、すなわちテュルク学の成果に基づいて形作られたと言った方がよいかもしれないそうです。
テュルクの移動と拡散、変容の様相は、こうした言語や文学、歴史研究によって明らかにされています。
テュルクとはいわば時空を越えた超域的な存在であり、一見するととりとめもないように見えます。
しかし、テュルクに注目することによって見えてくるものは少なくありません。
とりわけユーラシアの歴史と文化、その現在を考える上でテュルクの存在を無視することはできません。
第一に、テュルクの活動は、中央ユーラシアを中心にその東南の中国、西方の西アジアやロシア、ヨーロッパ、南方の南アジア、さらに北方は北アジアの隣接地域に広く及んでおり、世界史を俯瞰して理解する上ではきわめて重要です。
第二に、テュルクというアイデンティティは、大きくとらえれば、古来の伝説や碑文、叙事詩、系譜書などに刻印されながら、やがて姿を隠し、近現代になって再生するという流れをたどりました。
第三に、テュルク世界は日本とは遠く離れた世界と思われがちですが、意外なところで関係のあることがわかります。
ロシア革命後に日本にやってきたタタール移民などがそれです。
さらに食物やスポーツ、文化にも目配りすると、いろいろな接点が見えてきます。
これほど広大な空間にダイナミックな展開をとげた集団は、世界史のなかでも類例はありません。
歴史的なテュルク系民族と国家は、匈奴、フン族、丁零、高車、悦般、突厥、鉄勒、ウイグル、キルギス、オグズ、カルルク、ブルガール、ハザール、キメク、キプチャクを経て、イスラーム化後のテュルク系国家の数々が連なり、その後、現代のテュルク系諸国に及んでいます。
トルコ共和国、アゼルバイジャン共和国、ウズベキスタン共和国、トルクメニスタン、キルギス共和国、カザフスタン共和国とロシア連邦および参加の共和国諸国などです。
本書は、現在の日本におけるテュルク学の最新の成果を収めたものです。
1 記憶と系譜そして信仰
2 文学と言語
3 テュルク系の諸民族
4 世界史のなかのテュルク
5 イデオロギーと政治
6 テュルク学―テュルクの歴史・言語・文化に関する研究
7 テュルク世界と日本