禅ってどんなものでしょうか。
執筆時点で、玄侑氏が京都の天龍寺僧堂にお世話になって19年が経とうとしていて、これまでのことを振り返った記述が多いです。
”ベラボーな生活”(2006年6月 朝日新聞社刊 玄侑 宗久著)を読みました。
朝日新聞社宣伝PR部作成の”暮らしの風”への4年間の連載をまとめたもので、禅道場の非常識な日々を綴っています。
禅の専門道場の入門試験は3月末がピークで、”庭詰め”といって、入門志願者は道場の玄関で”たのみましょう”と声をはりあげ、上がり框に両手をついて剃りたての頭をその手につけて坐り込むと、”どうれ”と出てきた係の先輩僧は低頭した先に置かれた”入門願書”を手にとって読みはするが必ず断ることになっているそうです。
それで引き下がっては話にならないから、玄関先で低頭したまま3日間坐り込みををするのだそうです。
その間、”追い出し”と呼ばれる実に慈悲深い追放が午前と午後に一回ずつありますが、夜は眠らせてもらえるし、食事も汁とご飯が食べさせてもらえるそうです。
庭詰めのあとは”旦過詰め”があって、四畳半ほどの狭い部屋で壁に向かっ坐禅を組みながら2日ほど待たされる、そうです。
問われているのはただ一つで、どの程度そこに入門したいのか、という志なのだそうです。
庭詰めも旦過詰めも、合理性に慣れた頭には冷水を浴びるような時間です。
入門者の約半数がひと月以内に逃げだす、といいます。
無理からぬことですね。
これが”ベラボー”な生活の始まりです。
入門すると掃除が重要な修行項目になるようです。
新入りは次の新入りが入るまでトイレ掃除をします。
そして、畑に入れる牛糞を貰いに行きます。
相手によらず丁寧に挨拶をし続け、タライと洗濯板で洗濯します。
心頭を滅却して座禅をして警策でたたかれながら修行します。
2年目に”隠侍”または”三応”という、老師の身の回りの世話役になり、3年目に”殿司”という追い出し役になったそうです
・・・やはり最低でも3年はかかるようですね。
執筆時点で、玄侑氏が京都の天龍寺僧堂にお世話になって19年が経とうとしていて、これまでのことを振り返った記述が多いです。
”ベラボーな生活”(2006年6月 朝日新聞社刊 玄侑 宗久著)を読みました。
朝日新聞社宣伝PR部作成の”暮らしの風”への4年間の連載をまとめたもので、禅道場の非常識な日々を綴っています。
禅の専門道場の入門試験は3月末がピークで、”庭詰め”といって、入門志願者は道場の玄関で”たのみましょう”と声をはりあげ、上がり框に両手をついて剃りたての頭をその手につけて坐り込むと、”どうれ”と出てきた係の先輩僧は低頭した先に置かれた”入門願書”を手にとって読みはするが必ず断ることになっているそうです。
それで引き下がっては話にならないから、玄関先で低頭したまま3日間坐り込みををするのだそうです。
その間、”追い出し”と呼ばれる実に慈悲深い追放が午前と午後に一回ずつありますが、夜は眠らせてもらえるし、食事も汁とご飯が食べさせてもらえるそうです。
庭詰めのあとは”旦過詰め”があって、四畳半ほどの狭い部屋で壁に向かっ坐禅を組みながら2日ほど待たされる、そうです。
問われているのはただ一つで、どの程度そこに入門したいのか、という志なのだそうです。
庭詰めも旦過詰めも、合理性に慣れた頭には冷水を浴びるような時間です。
入門者の約半数がひと月以内に逃げだす、といいます。
無理からぬことですね。
これが”ベラボー”な生活の始まりです。
入門すると掃除が重要な修行項目になるようです。
新入りは次の新入りが入るまでトイレ掃除をします。
そして、畑に入れる牛糞を貰いに行きます。
相手によらず丁寧に挨拶をし続け、タライと洗濯板で洗濯します。
心頭を滅却して座禅をして警策でたたかれながら修行します。
2年目に”隠侍”または”三応”という、老師の身の回りの世話役になり、3年目に”殿司”という追い出し役になったそうです
・・・やはり最低でも3年はかかるようですね。