mamaの日記

mamaの日記

ガンと、ストーマと。
mamaがmamaらしく暮らすために。

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papaが亡くなってから数えて、四十九日。

 

 

「ブッダ曰く(仏教)

 

生きることは苦痛である。

 

誰しも悩みや痛みは多いのが人生です。

 

死とはその苦痛から解放されます。

 

輝く光とともに 阿弥陀如来が

 

たくさんの菩薩を連れて 迎えにきます。

 

仏の世界は西国です。

 

太陽が沈む方向にあるのです」

 

(恩師からのメールより)

 

極楽浄土。

 

もう、行ったのかな。

 

 

papa、おつかれさまでした。

 

空から、mamaを見守ってね。

 

 

少し前の、6月4日。

 

四十九日の法要を営みました。

 

供花が届き、華やかな祭壇になりました。

 

2Fの和室で、お坊さんにお経をあげてもらいました。

 

この日だけ、不思議とお天気になりました。

 

冷蔵庫のなかの食品の消費期限にも。

 

日にちを見るたび、この日はpapaは生きてた..

 

と考えてしまう癖。

 

papaのいない5月が過ぎた。

 

 

6月1日。

 

だるくて、起きにくかった。

 

葛藤もあるけど、実家に寄り添う日々。

 

梅雨のイメージしかなかったけど

 

6月の始まりは、きれいなんだね。

 

 

23日は、papaの月命日。

 

 

ここ2年ほど

 

papaは不死身だと思うようになっていた。

 

骨盤骨折しても、立ち直った。

 

胸膜炎など高熱がでても、回復。

 

食欲があるうちは大丈夫よ、

 

92歳まで生きるわよ、とmama。

 

 

なのに3月には、心臓がわるくなっていたんだ。

 

4月に受け取った検査結果で、わかった。

 

救急搬送される当日だった。

 

papa不在の書斎。3月23日の日記に、息切れがひどいと書いてあった。

 

家族に言わなかった。亡くなる、ちょうど1か月前だ。

 

入院後は、食欲があるから、かわいそうだった。

 

papa本人に、ちゃんと説明はあったのだろうか。

 

壮絶だ。

 

手や腰の抑制ベルト。

 

返却してもらえなかった、血だらけのパジャマ。

 

亡くなったのは、ナースステーションの申し送りの時間だった。

 

あれから、1か月。

 

病院への不信感は、消えない。

 

M内科にも、H病院にも。

 

最終的には、病院や医師相手に

 

papaにとって良い選択をしてあげられなかった自分を責める。

 

 

子育てして一人前と、思っていたが

 

親を見送って、初めて、人の生を教わるんだ..

 

 

junちゃんからも、今朝、こんなメッセージがきた↓

 

早いというか、随分昔のような気がする。

 

未だに、あの時、ああしていれば.. とくよくよしてしまう。

 

papaのことも。よく思い出すし。

 

トラウマから脱するには、もう少し時間がかかりそうだ。