8時出発し最初の視察は9時に「43済州・対馬慰霊祭」に参加しました。

場所は. 「酒精工場跡」です。

1934年日本により設立された東洋拓殖株式会社の済州酒精工場は解放前後済州の主要な産業施設だった。

酒精工場の倉庫は済州43当時、収容所として利用された。

1949年当時、帰順工作で住民たちが帰順するや警察や軍に接収され帰順者たちをこの酒精工場の倉庫に収容した。

残酷な拷問と劣悪な環境で亡くなる人も多くいた。

ここに収容された青年層は大部分が裁判にかけられ陸地の刑務所に移送された後、朝鮮戦争勃発直後は集団虐殺された。

1950年に300人以上が予備検束され大部分が日帝時代の弾薬倉の洞窟で集団銃殺されたという。

少年が家族の前で公開処刑された話はあまりにも惨くて涙が流れ天を仰いだ。

当時、殺された死体が数百体も対馬まで届いたそうです。

このことは最近わかったらしい。

なぜなら対馬の江藤さんという方が慰霊の塔を死体が流れ着いた場所に建立したのが2007年だそうです。

それは江藤さんの父が死ぬ前に当時死体が流れ着いた時に警察に指示されて死体を処理することになったが数がおおく、

最初は石油で焼いたが時間がかかり、穴を掘って埋めたが死体が多すぎて、筏に乗せて沖まで運び流したそうです。

そのことが胸を痛めていて死に切れんと言われたことから息子さんが父が亡くなった後で慰霊の塔を建立したというのです。

それから対馬と済州で慰霊式をやることになり「43済州・対馬慰霊祭」となった。

慰霊祭は最初に鎮魂の舞が行われました。続いて安聖民さんのパンソリは創作「四月の物語」でした。

続いて大阪の代表団から献花が行われ慰霊の儀式が始まりました。

次の視察先は桜が満開の平和公園です。

明日の慰霊式に文大統領も出席します。

警備や音楽隊などスタッフは準備に追われています。ツアー組は慰霊の祭壇前でお参りしました。

慰霊の館では、大阪ツアーの中から代表四人が慰霊碑に献花します。

 

私も一番北から参加したというので選んでいただき献花させてもらいました。

裏の場所には石碑が並んでいましたがお墓ではありません。

遺骨が入っていない、行方不明の方々のです。3800位あるそうです。

石碑の裏にどこで亡くなったか書いてあるのもあります。

いまだに遺骨の発掘が行われているそうです。

次に前夜祭に参加しました。2000人ほどが参加しています。

歌あり、朗読ありパフォーマンスの踊りありあっという間に時間が過ぎてゆきます。

歌は、李政美さん、朴保さんも熱唱しました。

最後は市民老百男女の大合唱団で締めくくりました。素晴らしい演出で大きな拍手が起こりました。