今回の入院は4人部屋だった
私は廊下側
トイレは目の前
ラッキー
初日、お隣だった方は
地鳴りのようなイビキ
次の日に退院してってホッとした
無呼吸症候群では?
と思うほどのイビキにちょっと心配
お向かいの方、Aさんは膵臓ガンとのこと
新しく隣に来たBさんは
これから抗がん剤だと家族と話してた
もうひと方も含め皆さん80代
私よりはだいぶ先輩のおばあちゃん?
というところだけど
リスペクトを込めて
"おねえさま"
おねえさま方
みんなベッドから電話をなさる
一応室内は電話禁止なんだけどね
私は体調が悪いわけでもないし
気にしない
なんなら耳ダンボ
そんな会話の中で
皆さんの病状やその人の雰囲気がを伺い知る
中でもとても印象に残ったのがAさん
Aさんは元々肺ガンだったそう
10年くらい治療してて
その後背中の痛みやいろいろ不調を感じ
ドクターに訴えるも
肺ばかり診て
全体を診てくれなかった
気づいた時には遅く
膵ガンがわかった
今回
とうとう水も飲めなくなって入院
今は重湯
ドクターにも
訴えてましたよ
違和感を訴えてたのに診てくれなかった〜って
今後の患者さんの為に言ってますって
とても元気でシャンとしてる
私が退院する日の朝
Bさんがたまらず声をかけた
自分も膵臓ガンです
どうしてそんなに元気なの?
と
Aさんは言ってました
私はもう覚悟はしてるの
でもね
食べられるようにだけはして
と、先生に言ってるの
元々明るいの
だって受け入れるしかないでしょ
ただね
痛みが出て
顔に出るようになったら
病院に入るって決めてるの
だって暗い顔してたら
周りも暗くなるじゃない
だからそういう顔は見せないって決めてるの
その言葉におねえさまの潔さを感じた
私はガンになってから
「最期の時」というものを考える
できれば自宅で、家族に手を握られつつ
「みんな、ありがとう〜」
なんて言って旅立つ〜
病院のベッドで管に繋がれ
なんならひとりであれっ?
これって終わり?
って旅立つ…
なんてのは寂しいわ〜
とかね
でも腎臓が悪くなってしまい
透析になったら
それは叶わないんだな〜って
なんだかな〜って
だから
そのおねえさまの話を聞いてて
私もそんな風に考えてこ!
って思えてきた
帰る時
軽く挨拶したら
「退院なのね
病気はね、受け入れていこうね」
そう言って見送ってくれた
3泊4日の検査入院
ひとつ
学びました
先日
お友達がお茶に誘ってくれた
いつも話を聞いてくれる友達
鳥好き縁で仲良くなった友達
そういえば
初発の時も今回も
一番に報告したっけ
同部屋のAさん
「あたしは友達には恵まれてるの」
って自慢してた
私もなんだ〜
そして今日
実家の母と電話で話し
またガンになったこと
話した
まぁ予想通り
うちの母もドライ&クールがちょっとあるのよね
ケロッとしてた
まぁ、立ち向かうしかないね〜って
おいおいと泣かれても困る
申し訳なくなる
だから
これくらいの反応で
良かった
今日は次男とりんごケーキ?
作ってお昼にした
粉糖こぼれたまま