読売新聞の鉄道本は面白い(1)大阪本社編『最速への挑戦 新幹線N700系開発』(東方出版) | 鉄道きさらんど

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東海道新幹線の最高速度引き上げがのぞみデビューから20年以上たってまた実現しそうだが、N700系はともかく700系は285キロどまりだし、300キロ台で運転できるのはN700系ののぞみの一部、区間はまずは米原・京都間くらいだろうがそれでも山陽新幹線でいくら高速化しても東海道新幹線で長らく270キロどまりで、そこが新大阪以遠からの利用でネックだっただけに歓迎したい。

ところで、N700系はJR東海と日車の技術力だけで成し遂げたかのように思われることは多い。実際にJR西日本より東海のほうが発信力が大きいから世間のひとはそう思うんだろうが、実際は700系とN700系は両社の共同開発である。そして、500系は突然変異的に表れた異様な問題作でその失敗を否定することで700系以降の車両が生まれたという思われ方もさにあらず、500系の技術をJR東海も取り入れることで今の新幹線がある。まぁ、高価で汎用性の低い500系を賛美してばかりもいられないが、当時は300系のほうがむしろ技術的に未熟で速さのために乗り心地や静粛性を犠牲にしており、500系はのちの車体傾斜装置に通ずるアクティブサスや風切音の小さいT字パンタを採用し、狭い狭いといわれるがN700系より窓は大きく、空いていればくつろげたし500系をなかったことにしたいJR東海側の発信する情報ばかりうのみにしても見えてこない経緯がある。(500系の増備はコスト的に割に合わないが)東名阪の抜本的な高速化はリニアで、というかもしれないが山陽と直通する区間の利用、JR東海管轄の区間でも新横浜・京都間のような区間では新幹線での高速化を追求でニーズに応える必要があり、(そういういみではどのみちさらに高速化をする今となっては700系がコスト優先で285㌔どまりで設計したのは中途半端)JR東海だけでは300系の延長線の設計思想の電車しか造れなかったおそれがあり、一見箱型の車体断面を持ち居住性と乗り心地と標準性・汎用性優先で500系のアンチテーゼとして生まれたように見えるN700系も500系がなければいまごろ最高速度270キロどまりだったかもしれない。

そういう意味で、読売新聞大阪本社編『最速への挑戦 新幹線N700系開発』(東方出版)は大阪だからというわけではないが、N700系はJR東海と西日本との技術力の合作であることが強調された内容でJR西日本贔屓の筆者にもすごく満足できる内容だった。速さ至上主義でほかの要素は犠牲にしたと思われる500系は、振動や風切音では当時300系より先んじていた機構や長いノーズを採用しそれがN700系にも取り入れられていること、さらに300XだけでなくWIN350での実験データが生きていることを明記している。また、JRトップのトップのインタビューはどれも尼崎事故以前のもので単行本化されたのは事故以降でありまえがきでもお悔やみのコメントとして言及されているが、東海側のエンジニアや須田氏・葛西氏といった人物だけでなく事故後に蛇蝎のごとく嫌われていた井出会長や垣内社長のインタビューもきちんとなかったこと扱いにせず載せており貴重な一冊となっている。余談ながら、自己直前に出版された南谷昌二郎氏の『山陽新幹線』(JTBキャンブックス)にはN700系試作編成が日立笠戸工場で落成した様子が紹介されておりまさしく東海だけでなく両社の力で造られた車両であることがわかる。(写真は21頁)


また読売独自の計算方法だが歴代新幹線車両の消費電力と騒音比較のグラフも面白い。(31頁)0系を基準として比べると、最高速度が遅いが2階建てで風圧が強かっただろう100系がのちののぞみ型車両と比べても騒音低減で健闘しているのがわかる。そして消費電力も重苦しいと言われた100系があんがい700系に比べても低く(もともと付随のダブルデッカー連結の前提で小さくて高性能なモーターを開発できたから当然か)、付随者のある300系は電気を食い、オール電動車で速さの前に効率を捨てたと思しき500系はなんと700系より電力消費が低くN700系といい勝負ではないか(空力優先のフォルムがエコな走行を可能にしたのか?)憶測で性能を比べられ語られることの多い歴代車両の見方が、新聞が独自に集計して比較したデータを見て変わりそうである。

さて、今のN700Aにも昔風の公衆電話はある一方で自販機撤去が決まり(今年初めから今まで落成の編成にはあるので、急きょ撤去を決めたのは謎だ)無機質な高速通勤電車然とするが、500系のようなインパクトあるフォルムも100系のような二階建て個室や食堂などの遊び心ある設備もないのは電力消費低減や乗り心地向上をしつつ高速化するためにはいまのN700系のようにならざるを得ないという風な説明を東海・西日本両社、なかんずく東海がしてきたが、本書のデータを読むとほんとうにそれは本当かと思わざるを得ず、結局安い汎用車両を造ってコストを値切ることが一番の狙いとしか思えず、筆者には現状の新幹線車両には物足りなさや不満が残る。しかし、この本はN700系が歴代車両の技術変遷の歴史、JR両社や関連企業の努力の上にできていることを改めて感じられる本で、東海道新幹線で出かけるのがちょっぴり楽しみになる一冊だと思う。また九州新幹線やKTXのルポ、国鉄OBで現代の車両の開発にはかかわっていない角本良平氏の鉄道業界の利害と相いれない意見まで掲載されていて懐が深い誌面になっている。