こんばんは。ふと幼少期の事を思い出し、やっと
それに立ち向かうことができました。洗脳?そうかもしれないなーと思ってきましたが40年生きてやっと理解できたのです。それについて書こうと思います。
先日バレンタインのプレゼントの交換のため、母と会いました。
母は夫のことや子供達のことは大事にしてくれます。
ですが、私のことになると自分の固定概念を振りかざし縛り付けてきます。
私には自由がなく自分で選択することもできず今まで母の希望や夢を叶えてきました。
看護師になったのも母親を見て、困っている人を助けたいと思ったから一生懸命勉強をして、准看の学校に通い頑張って卒業し、准看で働いていたけど周りから色々と言われ、負けず嫌いな私は高看の学校に通い、国家試験をパスし看護師となった。
一番喜んだのは、私ではなく両親だった。苦労して育て人様の役に立てるのだと喜んでくれた。20年自分に鞭を打ち働いた。
そして龍輝学園とご縁があり、学び私は今看護師を辞め占い師をしている。足が悪くて患者が抱えられないのと自分の使命に気がついたからである
先日会った時に母から「あんた仕事辞めてないやんなー」と言われ「もう辞めた。足も悪いし、子供に辛い思いをさせるから、給料も看護師よりも少し多く頂いてるから」と普通に伝えた。
母は、「なんの仕事してるの?医院とかやったら働けるから辞めん方がいい」とすすめてくる。看護師で日勤のパートはとても安い。祝日、休日夜勤中見てくれるわけでもない。自分たちの生活
が出来ないから、手伝わないが案として言ってくる。
以前の私なら、倒れてもいいからと自分に鞭を打ち仕事をしていたのだろう。足が良くならないそれが私にとって不幸中の幸いだった。
「足また悪くなるし、患者さん転倒させたら一生悔やむからもう辞めたんよ」と伝えた。
母はそれでもあなたは看護師が合っていると離れている事を反対してきた。
心配する母に「テレワークをしているから.お給料稼いだらみんなでディズニーランド行こうね」と言ったら嬉しそうに「行きたいわー」と初めて言ってきた。
看護師を20年心が病みながら続けてきたのは母がやめて欲しくなかったからだったのだと思う。
2年の間辞めたいと苦しいと言ってきたが、全く私の言い分は聞かず理想を押し付けていた両親。
そこまで言うのなら何で手伝ってもくれず恩着せがましくしてきたのだろうかと何回思ったことか。。
でも無理なのです。夫も仕事忙しい、両親も自分達で精一杯。私が全てしなあかん。
そう思うと生きているのがとても辛かった。そして子供達もかわいそうだった。
今はすごく幸せで生きている心地を初めて感じ心の底から幸せだと思える。空虚感がなく相談者に寄り添い幸せへと導く。それが私の使命。とても幸せで充実している。
だから、今は母に言われても何も響かず普通に話せた。
親の理想のために生きてるんじゃない!そう思えたのも今があるからだと感謝しています🥲
私は私の道に誰に反対されても信念を曲げず続けて笑顔になれる人を1人でも増やしたいと強く思っている。生きる希望を持たせると言う事。
きつかった両親の洗脳。本当の自分がしたくなかった仕事。身体や病気ではなく心に寄り添いたかった。以前の私がとても生きるのが辛かった事を思い出し1人でも救いたいと思っている。
そして、やっと私が自分の殻を破れた事だと夫や周りの方、自分に感謝している。
皆さんも自分の人生、自己犠牲は良くないです。まずは自分に対して優しくして思いを聞いてあげることが大切なのです。心で受け止める。否定はしない。認めてあげること!
そうすることによって周りにも波動は伝わります^ ^きっと変わるんです!人生は自分の見方や行動で(゚∀゚)
だからくすぶるおもいがあるなら、少しずつしてみてくださいね^ ^
愛しています。ありがとうございました^ ^