今日、新元号が発表になりました
(これを書いてる今は4月1日)
令和
新しい時代はどんな時代になるだろう
今は、平成最後の大仕事(手術・入院)をのりきって無事帰るぞ!
この状況を1年以上前の私が見たらびっくりするだろう。ずっーと悩んでたし、諦めてた。だけど、ずっーと治したかったし治したいって言い続けてた。方法を探し続けてた。
人間諦めなければ、道は開ける。どこまででもいける。
がんばり続けてきた自分や支えてくれる家族や人たち。
感謝しながら、寄り添いながらがんばろう。
新しい時代を迎える時、またどんなことをおもうんだろうなぁ。
はてここからは、記憶を遡って
術後1日目のお話
27日は術後当日はもともとICUに入る決まり。(事前の先生からの説明では、ほとんどの場合、ICUまで入るほどではなかったねという感じですむそう)
そうだとしてもしんどいことに変わりはないけど。
朝を迎えて、10時半に個室に戻れますよーって伝えられ、父母にも連絡しますね。
と言われる。
個室戻って、しばらくすると父がきた
父が昨日、術後に先生から受けて伝えといてと言われた説明を聞く。
(手術で止めたプレートは骨に埋まっていくので、外す必要はないこと。
術後のマウスピース(父マウスパッドといいまつがえる笑)はこの後6週間はつけた状態でいること。など)
他にも何か言われた気がするけど、忘れた…思い出したらかこう
少し、父とコミニュケーション取っていると 先生回診へ。
そのうち若手先生
『昨日、目も開けれてなかったけど、今日は目が開いてるね。よかった。』
などいろいろお話しされる。
後で父が、先生優しそうやな。昨日お父さんが話した先生はキツそうな感じやったけど…と
それが未だにちょっときになってて…普段はいない手術顧問の先生だろうか?
なら分かる気がする…私も一回お会いしたのみで、術前も術後も会ってなく、術中にいたのかさえナゾ^^;
まだ1日目は血抜きドレーンも点滴も繋がったままだし、顔もパンパンの上にバンテージ、身体も室内のトイレに行く以外はほぼ動かせず。
トイレ行くときだけは、指のモニターも外せるけど吸引のドレーンもあるし、まぁ管だらけ笑 (まだバルーンが抜けて歩けるようになっただけマシ)
見た目は痛々しかっただろうな^^;
トイレの時だけ身体起こせるけど、それはそれで問題が💦
術後に口についてるマウスピース高さがあって、真ん中前歯の部分が空いてくれてるから息できたり、吸引出来たり、水分取れたりは助かるけど
一度身体起こせばそこから ただただ溢れでてくるヨダレ
ベッドからそこのトイレ行って帰ってくるだけで、ティシュ、トイレットペーパーなど常に口元にあてがいながら 何とか用をたし戻ってくるという…大変。笑
そんな中でもやはり ばぁばと子どものことは心配😅
『父が連絡帰ってこない…』とぼやいているのを横に 連絡もできないくらい忙しいんだろうなぁ
と。
(船に乗りました。お迎えよろしくお願いします)と連絡があったと聞き一安心。
ご飯食べて、迎えに行ってくると、部屋を出てしばらく…
まず部屋に入ってきたのは
父・子ども・そして母
子ども2人私みて固まってた…
そうだよね、2日前小学校保育園行ってらっしゃいって送りだした母が
ベッドの上で変わりはてた姿で寝そべっている(口からは血抜きドレーン)…
顔も腫れすぎて私でも鏡みて誰?!ゆうレベル…
それまで元気いっぱいで、はしゃいでいたであろう子たちが、確実にドン引きしている。
しゃーない。。
とりあえず、手を振ったら2人とも
振り返してくれた
そして、じぃじとバトンタッチでホテルに
帰っていった。
今夜はじぃじが子どもらのお守り。頼んだ!じぃじ!
術前から会ってなかった母とも初対面。
マウスピースはめてるから、上手くしゃべれないし しんどいけど、子どもらの様子とか聞いたり少ししゃべったりはした
電話でも聞いたりはしてたけど、やはり大変みたいで昨日、ばぁばが叱ってキツくお灸すえたらそれから少しマシになって
今ママみてあれで 少しは大人しくなったやろう…言うてた
単体やと大人しいのに2人一緒になったとたんにすさまじい破壊力だから
そんな手のかかる幼子たちを連れて船にのりはるばる来てくれた母、そして父にも本当に感謝しかない😭
そんなこんなしてると、また先生が回診きてお母さん対面。
先生『今日は付き添いよろしくお願いします。
〇〇さんの場合は上下顎とオトガイもなのでいちばん大変な部類の手術ですが、下顎だけの人とかでも次の日でも身体の小さい女の人とかはグッタリして、先生が何話しても受け答えもできないような方もいたりします…。
ですが、〇〇さんは受け答えとかもできてるので 良かったです。ビックリです。』
それ聞いて私もびっくりでした。笑
母は強し?
先生も一安心したようで、少し話しをしていかれました。