帳政 17 | 鬼龍院一馬のブログ

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  魏へ帰る船は、海の状態、天候のことを考えて安全に航行すればいいのですが、出雲の国との交渉に入る帳政にとっては、大和と紀ノ国の戦いが続いている中での行動なので、一日でも早くという意識があったのです。
  出雲までの航行は、1ケ月半を要しました。
 彼らが着いた場所は、出雲の伊那佐浜の沖合でした。
 魏の船を見つけた伊那佐浜の漁民たちは、韓の国から攻めてきたのではなかろうかと、一斉に騒ぎ立て、直ぐに役人に届け出たのです。
 出雲の国では、その船が何処の船なのか、そして、何を目的としてやって来たのかを確認させるため、物見を出すとともに、念のために戦の用意を始めました。
 伊那佐浜から出た小舟は、魏の船へと近づいて行きましたが、小舟を操る者たちは、いつその船から弓矢を射かけられるかわからず、緊張感で張りつめていたのです。
 ところが、その船から聞こえてきたのは、倭の国の言葉でした。
 船上から呼びかけたのは掖邪拘です。
「我々は、大和および魏の国からの使者である。
 建葉槌命殿にお目にかかりたい!」
 それを聞いた小舟は、すぐに浜に引き返し、そのことを伝えました。そして、出雲の王は、建葉槌命を使者として船に送り出したのです。
 魏の船に近づく建葉槌命は、じっと船上にいる人たちに視線を送りました。
 船の上では、4~5人の人がこちらを見ているのです。
 その中に、何となく見覚えのある顔がありました。
「建葉槌命殿、私のことを覚えてくださっていますか。帯方郡の帳政です。」
 建葉槌命は、5年前に、出雲の国から魏への使者として、帯方郡を訪れており、その時に帳政と親しくなっていたのです。
「おお、帳政殿。どうしてここに?」
「建葉槌命殿、お久しぶりです。
 本日は、出雲の国と大和の国の間を取り持つためにやって来ました。」
 その言葉を聞いた建葉槌命は、まだ帳政の真の目的については認識出来ていなかったのですが、彼らを国賓として出雲の宮殿に案内することにしたのです。
 出雲の王宮では、建葉槌命をはじめ、4人の官史が帳政らを迎えたのです。
 最初に話を始めたのは掖邪拘でした。
「今、大和は、紀ノ国と戦っています。」
 そのことは、建葉槌命たちも知っていました。紀ノ国から、大和との戦いに関して、報告を受けていたからです。でも、それは、昨年の夏過ぎの情報であり、今現在がどのようになっているかまではわからないのです。
 掖邪拘の話を引き継いだのは帳政でした。
「建葉槌命殿、私は、大和と紀ノ国の戦いを収めるために、魏の皇帝から派遣されてやって来たのです。」
 それを聞いて、えっ!?と思ったのは建葉槌命でした。もちろん、同席している他のメンバーも、その話の成り行きが出雲の国にとって非常に重要であろうと認識していたのです。
「帳政殿、紀ノ国と大和の戦いに、何故魏の国が関わっているのですか?」
「建葉槌命殿、魏の皇帝は、大和の女王である卑弥呼に、『親魏倭国王』の称号を与えたのですよ。」
 その瞬間、建葉槌命の表情が変わりました。建葉槌命だけではなく、出雲の官史全員が顔を見合わせ、これは大変なことだと目で語り合っていたのです。
「建葉槌命殿、出雲の国は、大和の国と直接戦っているわけではありませんし、大和の国も、今のところ、出雲の国を敵対国として見ているわけではありません。
 紀ノ国と大和の国の戦いは、それぞれが使っている武器の優劣によって、昨年の夏までは、紀ノ国が押していたのです。」
 もちろん、そのことは出雲の官史は皆知っていました。
「大和の国が青銅の剣を使っていたのに対して、紀ノ国は鉄の剣を使っていたからです。」
 もちろん、そのことも、出雲の官史たちは知っています。何故なら、紀ノ国が使っている鉄の剣は、元々出雲の国から紀ノ国に贈呈されたものだったからです。
「今、大和は、鉄の剣を使っています。」
 出雲の官史たちには、当然、そのような情報は入っていませんでした。
「魏の皇帝が、大量の鉄の剣を卑弥呼に与えたからです。それが昨年の9月のことでした。紀ノ国と大和の国の戦いの主戦場は、昨年の8月には和泉の国の辺りでした、それが、我々が大和の国を出てこの出雲の国に向かう昨年の11月には、佐野村まで押し返しているのです。
 この勢いのままで行くと、やがては、紀ノ国は、大和の国の前に、滅び去ることになるでしょう。
 あるいは、もし仮に、大和の国が危機を迎えるようなことがあったら、魏の皇帝は、必ず、直接的にこの戦いに関与し、大和を助けることになるでしょう。
 そのような状態になった場合、倭の国全体がどのようになるか、魏の国を直接見てきておられる建葉槌命殿なら、容易に想像することが出来るでしょう。
 ここは、どちらかが潰れるまで戦うのではなく、互いに矛を収めることが必要なのではないでしょうか。」           
 建葉槌命には、今の帳政の話で、すでに紀ノ国に勝ち目がなくなっていることは、容易に想像することが出来たのです。
「帳政殿、話の内容はよくわかりました。確かに、私も、紀ノ国と大和の国が、互いに矛を収めることが必要だと思います。その場合、紀ノ国の立場はどのようになるのですか?」「大和の国は、紀ノ国が元の領土におさまって、今後、大和の国に敵対さえしなければそれで良しとしています。私は、その条件で互いに矛を収めるのなら、それが紀ノ国にとっては最も良いことではないかと考えていますが、建葉槌命殿は如何様にお考えになりますか?」 
  建葉槌命にとっては、いや、紀ノ国にとっては、それ以上の好条件は考えられません。
 もしそれを受け入れなければ、紀ノ国は、この世から消えてなくなると考えるべきなのです。そして、その結果は、出雲の国においても、大変大きな影響が出てくるのです。
「帳政殿、紀ノ国にとっては、それ以上の選択肢はあり得ないでしょう。
 私の一存では何とも申し上げられませんが、出雲の王様を始め、主だった者にそのことを伝え、明日、改めて出雲の立場や考えをお伝えしたいと思いますが、それでよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
 そして、帳政達は、一旦会議の場を後にしたのです。