ヤクザの世界にも、恋愛や家庭がある。
 

この話はわたしが実際に刑務所内の同部屋にいたある組織の人間から聞いた話である。

ふいに思い出したので、書き留めておきたいと思った。

 

「結婚」は、一般社会のそれとはまるで意味が違う。
組織の一員であるという現実と、ひとりの人間としての情。
その狭間で、彼らはそれぞれの形の「夫婦」を選んでいる。

 

ヤクザであっても、病院の手続きや住民登録、子どもの認知など、現実の生活には法的な家族関係が欠かせない。

籍を入れなければ、妻も子も“他人”扱いになる。
面会や代理手続きができず、行政的にも守ることが難しくなる。

だからこそ多くの者は、「家族を守るため」にあえて正式に結婚届を出す。
それは愛情というより、“義理”と“責任”の形に近い。

 

 

もちろん、籍を入れることには大きなリスクもある。
配偶者がヤクザであるだけで、社会的に「反社会的勢力関係者」と見られ、
賃貸契約、銀行口座、就職などあらゆる場面で制限を受ける可能性がある。

ただし、行政や企業の判断では、籍があるだけで自動的に“反社認定”されるわけではない。
本人が活動に関与しているか、資金関係があるかなど、実質的なつながりの有無が重視される。

とはいえ、世間の目は冷たい。
「名前だけで偏見を持たれる」現実があることも確かだ。

 

 

組の上層部や古参の人ほど、籍を入れないことが多い。
理由は単純で、女性を守るためだ。

籍を入れなければ、その女性は「反社会的勢力関係者」ではない。
もし自分が逮捕されても、捜査や報道の波が直接届かない。
それに、ヤクザの世界では離婚も多い。
籍を入れずにいれば、別れるときの手続きもない。

結果として、“内縁関係”という形が現実的な選択になる。
それでも生活は夫婦そのもの。式こそ挙げずとも、互いに情でつながっている。

 

 

近年では、組の影響力低下や反社排除の厳格化を背景に、結婚式自体を挙げるケースは激減した。
あっても、ごく限られた関係者による内輪の食事会程度。

それでも籍を入れるとき、多くのヤクザは静かに役所へ向かうという。
派手な儀式も、指の欠けた誓いもない。


ただ一枚の紙に、彼らの「義理」と「情」が交わされるだけだ。