裏社会に生きる連中は、暴力・金・女――とにかく欲望に忠実で、世間のモラルから大きく外れている。
だが、そんな彼らにも“不思議な正義感”が顔を出すことがある。
そのひとつが「人種差別を嫌う」という一面だ。
ある元組員の話によれば、海外に行ったときのこと。
現地のクラブで黒人客に対して差別的な態度をとった日本人観光客がいた。
すると、普段はケンカ腰のその組員が即座に割って入り、「てめぇ、日本人の恥さらすな!」と観光客を叱り飛ばしたという。周囲はポカンとしたが、本人はいたって真剣だったらしい。
また、刑務所の中でも似たような話がある。
外国人受刑者に対して陰口を叩くと、意外にも反社系の受刑者が強く咎める。
「オレらだって世間から差別されてきたんだ。あいつらに同じことすんな」と。
普段は喧嘩上等の彼らが、人種差別だけは許さないというのだ。
聞いた話で一番驚いたのは、新宿の繁華街での話だ。
道に迷った東南アジア系の観光客が、困った顔で地図を眺めていた。
通行人は素通りするばかりだったが、そこへ入れ墨だらけの大男がズカズカと近づいていった。
「おう、どこ行きてぇんだ?」
当然ながら日本語オンリー。観光客はきょとんとしたが、大男はお構いなしに「こっちの道まっすぐ行って、右だ、右!」とジェスチャー付きで説明を続ける。
英語なんて一言も出てこない。観光客が理解したかどうかは怪しいが、とりあえず感謝の笑顔を浮かべていたという。
最後は笑顔で握手を求められ、男は苦笑い。
観光客はさらに「サンキュー!!ピクチャー!ピクチャー!」とスマホを構えたが、「写真なんか残せるか!」と全力拒否。
観光客は「なぜ?ヒーローなのに」と不思議そうな顔をしたらしい。
英語が話せなくても、困っている人を助ける。
その素っ気なさの裏には、差別や排除を嫌う彼らなりの筋が通っているのかもしれない。
もちろん、彼らが聖人君子なわけではない。薬物取引も恐喝も平然とやる。
だが、その一方で「人種差別を嫌う」「困っている外国人には手を貸す」という、人間味を帯びた一線を持っていることも事実だ。
悪人の中にふと垣間見える、妙な正義感。
そこに裏社会の矛盾と、人間の不思議さが凝縮されている。